ストロベリーどりいむ

「交換日記、しない?」


 交換日記、その響きにどのような印象を受けるだろうか……

 パソコンや携帯メールが当たり前の現在と違い、

 昔は友達とのやり取りはアナログな手書きが主流で、、

 普段の手紙だけでなく、年末には年賀状という一大イベントが有り、

 同じクラスの誰に出すか悩んだもんだ……

 だけど色気より食い気の俺には、異性と交換日記なんて縁遠い代物だった。


 女子達の間で、交換日記が流行っている事は俺でも知っていた、

 当時、大人気だった少女漫画で、目立たない主人公の女の子が、

 学園一美少年で人気者の男の子から、交換日記してくれない?って

 突然、言われた事から始まる甘いラブストーリーだった……

 俺がその漫画に詳しい理由は、妹の天音に月初めの金曜日になると、

 おなじみの石坂文化堂に決まって付き合わされたからだ、

 もちろん買うのは、天音いわく女子小学生のバイブル、

「なかよき」月刊少女漫画誌最大部数を誇り、その厚さは

 電話帳より分厚く、さらにボリュームアップして見えるのは

 豪華!特別十五大付録のせいだ……

 天音の買い物に付き合わされるのは、この分厚い「なかよき」を

 無事、家まで届けるのが俺の役目だ、今思うとこの頃から天音に

 頭が上がらなかったんだな、俺って……


 この「なかよき」を天音は毎回、読むことを俺に強要してきた、

 昔からの天音の癖だが、自分の好きな物を俺に勧めてくる、

 まあ、あいつの可愛い所でもあるが、


「お兄ちゃん! 絶対読んだ方がいいよ、今月のなかよき!

 やっぱり、一番のお勧めはバンブー湖先生の魔法少女さん!静粛に。だね」

 当時から天音の好みは変わっていて、正統派少女漫画の、

 ボーイミーツガール作品ではなく、ファンタジックな作風が売りの

 バンブー先生の作品を推すとは……

 あっ、そうだバンブー湖先生と言えば息の長い作家で余談だが、

 一番のヒット作はもちろん、なかよき連載の「やよいちゃんパニック!」

 弥生ちゃんの名前の由来になったそうだ、彼女のお母さんが大ファンで、

 主人公の女の子から取った名前が「弥生」で、俺はそれを聞いたとき、

 不思議な西手真九朗、いやシンクロニシティを感じたものだ……


 余談の余談だが、なかよきオールスターで漫画家先生に会える一大イベント、

 なかよきフェスティバルに強制参加させられたのも良い思い出だ、

 確か新宿にあるデパートの特設会場で開催され、天音のたってのお願いもあり、

 両親に無理を言って車で連れて行ってもらったんだ。


「ええっ!! バンブー先生って男性なの?」

 サイン会で初めてバンブー先生とお会いした時、

 あれだけ繊細な画風とストーリーを紡ぎ出す人物、

 勝手に俺達は先生を女性と思っていた、それに作者近影の自画像は

 男性か女性か分からないキャラだったから……

 だけど気さくに握手をしてくれた先生の掌から、こちらに優しい物腰が

 充分過ぎる程伝わってきて、夢のキャラクターを生み出す神の手に

 天音と二人で大感激したものだ。


 おっと、話を戻そう、交換日記ブームの火付け役は、同じなかよきの

 ゆふぎり朝先生「ストロベリーどりいむ」だ、

 とにかく甘い作品で、当時の女子小学生がキュンキュンしていたんだ。

 何故、クラスで一番目立たない主人公に、学園一の人気者が

 白羽の矢を立てたのか? それは冷静な俺の目から見ると答えは簡単だ、

 クラス一目立たないのに、主人公は超絶美少女なんだ……

 まあ、少女漫画だから、読者の憧れである主人公を不細工に描けないよな、

 全て絵で表現しないといけないから、そこが小説と違うところだな。

 作中で繰り返される交換日記のやり取り、最初はモテ男の気まぐれから

 始まった交換日記、だけど次第に主人公の内面に惹かれていく、

 言葉だけだからこそもどかしい二人の行く末は……

 簡単にカップルにならない距離、すれ違い、お互いの恋敵、

 双方の親を巻き込んでの悲恋、ネタバレはしないが、

 最後の交換日記で彼女はある決意をするんだ……

 選んだのは一体? どちらの未来か、隣にいてほしいのは誰なのか?


「お兄ちゃん? 天音の話、聞いてる!」

 問い詰めるような口調で、俺は現実に引き戻された……

 夜だというのに外では蝉がけたたましく鳴いている、

 そう言えば柚希の病室には窓が無かった、蝉の声どころか、

 外界の音全てが遮断されていた、唯一流れていた音と言えば、

 ベットサイドに置かれたラジオから流れる当時の流行歌、

 あれは何という曲だったっけ……

 ぼんやりと考え事をしている俺に、天音があきれ顔を向けてきた、


「で、お兄ちゃんはどうしたい訳?

 学校をサボってまでお見舞いに行ったのに、彼女に何が出来たの!」


 手厳しい言葉だった……

 天音の言うとおり、俺は柚希に何もしてやれなかった……

 記憶を失い、秘密の病棟に幽閉された彼女の前から

 ただ逃げ帰ってしまったんだ、柚希がラジコンを壊したあの日みたいに。

 泣きじゃくる彼女を置いて、その場から俺は……


「天音…… 教えてくれないか?

 お兄ちゃんは、柚希の為に何が出来るのか?」


 自分で自分が情けなかった、無力で何も出来ない小学生、

 記憶を封印する位、自らを追い詰める柚希、

 その深い苦しみの一端を担えるほど俺は大人ではなかった……


「……」

 そんな俺に天音が無言で差し出した一冊の本、

 凶器になるぐらい分厚い少女漫画誌、「なかよき八月特大号」

 十五大付録の目玉は……


 ストロベリーどりいむ交換日記アレンジセット!!


「天音、これは!?」

 目の前に差し出された付録には蛍光ペン、デコシール、

 キャラの絵が簡単に描ける定規、プロフィールシート、

 交換日記に必要な物が網羅されていた……


「そうだよ、これで最高の交換日記にしてあげて、

 柚希ちゃんの為に……」

 淡々と俺に伝える天音、たけど言葉とは裏腹にこみ上げる熱い想い、

 あのお団子取りの夜、親父と俺の会話を聞いて以来、

 天音も大親友だった柚希に、きっと会いたいはずなのに、

 俺に想いを託しているんだ……


「ストロベリーどりいむの二人みたいに固く結ばれてね、

 お願い、お兄ちゃん……」

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