マイ・ドッグ・ガナーピー

「これで最高の交換日記にしてあげて、柚希ちゃんの為に……」


 その日から俺と柚希の交換日記が始まった……

 違うな、正確には俺の一方的なやり取りの日記帳でしかない。

 断片的な記憶の消失に見舞われた彼女にしたら、俺は見知らぬ人物だった。

 何故、この人は放課後、休日問わず、私の病室に現れるんだろうか?

 記憶が正常な時でさえ、困った表情の多かった柚希、困惑が色濃く浮かぶ。

 最初はかなり警戒していて、こちらが話し掛けても殆ど反応が無かったが、 

 お構いなく明るく話しかける俺、傍から見たらさぞかし滑稽だった筈だ。


「ごめんな、柚希、勝手に日記帳持ち出して……」

 以前、彼女が嬉しそうに電話で話してくれた日記帳、

 可愛いビーグル犬が表紙を彩る、柚希の大好きなキャラクターで、

 相棒の鳥、モントレーもちょこんと頭に乗っていた。

 柚希はランドセルにも同じガナーピーのぬいぐるみを着けていた、

 集団登校の道すがら、俺は何気なく聞いた事を思い出した……

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「おまえ、ガナーピー好きなの?」

 ガナーピーとはビーグル犬の名前だ。


「柚希ね、子供の頃から動物大好きなの、

 だけど今のお家だと、本物のわんこは飼えないんだ……」

 その時は気にも留めなかったが、今思うと彼女の口調はかなり寂しげだった。


「だからね、ガナーピー君がわんこの代わりなの……」

 ランドセルの肩紐を外して、俺に小さなぬいぐるみを見せてくれた。

 頭に鳥のモントレーを乗せているガナーピーのぬいぐるみだ、

 照れくさそうな柚希、そんな彼女の笑顔に見惚れてしまった……

 あの時も彼女は色々な葛藤を抱えていたはずだ。

 そのシグナルに気付かなかった俺は、本当におめでたい奴だった、

 ガナーピーの日記帳を見ていると、あの日の寂しげな笑顔が思い出された。

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「……ごめんなさい」

 日記帳を手に病室内で立ち尽くす俺、見かねた彼女が口を開いた。


「あなたの事、全く覚えてないの、

 何故、私がここ《病院》にいるのか、分からない……」

 俺は何も言えなかった、柚希の時計は親子で仲良く暮らしていた時で

 止まっているんだ、今はもうバラバラになった家族……

 その原因が自分にある事は覚えていないんだ。

 俺は自問自答していた、本当に柚希の記憶を戻していいのだろうか?

 彼女が記憶喪失になったのは、辛い過去から逃れたいからではないか……

 二人の間に重い沈黙が流れる。


 大人になった俺だったら簡単に諦めたはずだ、無理だと決めつけて、

 勝手に自分のハードルを下げていただろう。

 だけど当時の俺には羨ましいぐらいの行動力があったんだ……


「いいよ、柚希が思い出せなくても、それでもいいんだ……」


「えっ!?」

 俺の言葉に驚きを隠せない柚希、彼女の白い頬がわずかに赤く染まる。


「だってお前は、俺がその日記帳を持ち帰る事を咎めなかっただろ」

 そうだ、見知らぬ俺に日記帳を託してくれたんだ……


(ありがとう、宣人お兄ちゃん!!

 柚希、すっごく楽しみ、実は可愛いノート用意してあるんだ……)

 あの日の電話越し、嬉しそうに話す柚希の言葉が頭を離れない。

 大好きなガナーピーの日記帳、おまじないを掛けたって言ってたな、

 記憶が戻る糸口があるのなら、俺はそれに賭けてみたい。


「柚希に読んで欲しい、俺の気持ちを」

 最初の頁を開きながら、彼女に日記帳を手渡したんだ……


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