悲しいくらいほんとの話
病室のベットに居たのは確かに柚希だった……
顔を見るのはあの夜以来だ、少しやつれて見えるのは髪型のせいかもしれない、
いつものサラサラなストレートではなく、後ろ髪を赤い髪留めで纏めていた。
だけど何かが違う、髪型だけではない違和感に胸騒ぎを覚えたんだ……
「あなた、誰なの?」
突然の訪問者に柚希の瞳に戸惑いの色が浮かぶ、
「柚希! からかっているのか? 宣人だよ……」
予想外の言葉に戸惑うが、俺は冷静に考えてみた、
柚希はまた性別が入れ替わっているに違いない、
あのお団子取りの神社で見せた粗暴な人格の柚希、俺を宣人と認識出来なかった。
「柚希、宣人お兄ちゃんだよ、お見舞いに来たんだ、
ほら、顔を良くみて、分かるだろ!」
元に戻れたあの日のように優しく語りかけてみる……
しかし逆効果のようだった、柚希は怯えた表情で俺の肩越しに助けを求める、
「宣人君、いまの彼女は元のままなんだ、性別は変わっていない……」
「臼井のおじさん、同じってどう言う事なんですか!」
俺は思わず声を荒げてしまった、おじさんに当たっても仕方ないのに……
「宣人君と会わせたら、彼女の状況が変わるかと思ったんだか……」
おじさんは落胆の表情を見せた、
「柚希に何が起こったの、おじさん?」
「精密検査の結果、柚希君に脳波、身体とも異常は見られない、
だが、すっぽり抜け落ちた様に一部の記憶が戻らないんだ……
これは激しい精神的外傷を負った時、見られる症例なんだ、
あまりに過酷な境遇や体験をすると、人は自己防衛の為に
記憶を消去するんだ……」
おじさんの説明に愕然とした、ただでさえ脆く儚い存在の柚希、
そんな彼女の小さな身体が押しつぶされてしまいそうな体験とは、
小学生の俺には思いもよらない事だった……
消しゴムの様に記憶を消さなければいけない程、彼女は悩んでいたのか。
「臼井のおじさん…… 柚希は元に戻らないんですか?
僕、何でもしますから、柚希を直してください!」
そんな俺の頼みにおじさんが困惑した表情を浮かべる、
しばらく考え込んだ後、俺の顔をじっと見据えながらこう言った。
「宣人君、彼女の記憶を戻すと言う事は、辛い記憶も呼び戻すんだ、
本当にそれが最善の事なのか我々にも分からない、
今以上に柚希君を苦しめるかもしれない、それでも君は耐えられるか?」
俺は、何も言えなくなってしまった……
俺達が柚希と過ごした日々の記憶、思い出して欲しい、
だけど記憶を取り戻す事は、同時に柚希を苦しめることになる、
一体、どうしたらいいんだ……
俺の脳裏に柚希と過ごしたこれまでの思い出が蘇ってくる、
みんなで集合する村一番の柿の木、かくれんぼをしたいつもの神社、
柚希は隠れるのが下手で、良く鬼にされて泣きべそかいていたっけ……
そんな俺達の会話を、半身を起こし、不安げに聞いている柚希、
ベット脇の棚には長期入院の為、着替えや本が置かれていた、
その棚のある物に俺の視線は釘付けになった、
そして柚希と交わしたある約束を俺は思い出した……
「お兄ちゃん、交換日記しない?」
電話越しに言われて俺はドキッとしてしまった、
高鳴った胸の音が柚希に感付かれてはしまわないだろうか?
小学校の連絡網で柚希に連絡を取る機会があり、
天音の代わりに電話をした、
初めて女の子の家に電話を掛けるだけでも緊張していた、
初恋の相手に電話をする、小学生の俺には度胸がいる事だった。
「はい、二宮です……」
最初から柚希が電話に出た、親が出たらもっと緊張していた筈だ。
「もしもし、宣人だけど……」
こちらのドキドキを悟られぬよう、ぶっきらぼうに用件だけを告げる、
電話の彼女はいつもと違い、大人のようなよそ行きの声に聞こえた、
「ねえ、宣人お兄ちゃん、お願いがあるの!!」
柚希は俺ともっと話したい、だけど直接では恥ずかしい、
それとクラスで交換日記が流行っているそうで、
文字なら俺と照れずにやり取りが出来るんじゃないかって、
「そんなかったるい事やれるかよ!!」
「一生のお願い! 聞いてくれなきゃ、嫌……」
女の子らしい提案に、心の中では満更じゃない俺だったが、
喜びを悟られぬように、しぶしぶ了承する体にした。
「分かったよ、だけど天音とお麻理には気付かれない事、
それとノートはお前が用意しろよ……」
「ありがとう、宣人お兄ちゃん!!
柚希、すっごく楽しみ、実は可愛いノート用意してあるんだ……」
単純に喜びを表現する柚希、まるで犬みたいだ、
それも尻尾をちぎれんばかりに振って喜んでいる小型犬だ。
「お前、俺が断ったらそのノートどうするつもりだったんだよ……」
敢えて意地悪にからかう、
「お兄ちゃんは断らない、柚希おまじないをかけたの……
この交換日記のノートにも!!」
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あの日、用意してくれたノートが病室にあった、
表紙には丸っこい柚希の字で書かれた日付けとタイトル。
「宣人お兄ちゃんと柚希の交換日記」
柚希は全てを忘れていないのかもしれない……
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