魔法の黄色い靴

「沙織ちゃん、あ、そ、ぼ!!」


 日曜日の昼下がり、部屋のソファーベットで居眠りしていた俺は

 突然の乱入者に叩き起こされてしまった……


「な、何だ、お前ら! いきなり何なんだ!!

 あ、天音っ、さてはお前、俺を売ったな!」

 乱入者達の出で立ちは、マスクとサングラスで顔を隠しているが、

 正体はバレバレだった……

 中央に天音、その後ろの二人は弥生ちゃんとさよりちゃんだ。


「あ、もうバレちゃった、ちょっとは空気読んでくれない?

 それとお兄ちゃんは今、沙織ちゃんモードなんだから、

 部屋だからって弛緩しすぎ! そんなんじゃ男バレしちゃうよ……」


 そうだった、俺はしばらく女装男子として過ごさなければいけないんだ、

 お祖母ちゃんを心配させない為と、先日のショッピングモールで、

 萌衣ちゃんと約束した件が控えているんだ、

 成り行きとはいえ、南女ダンス部の練習を見学するんだ……

 たった一人で、男子禁制な秘密の花園に潜入しなければならない。


「そうですよ!、さおりん、完璧な女の子にならなければ、

 大変な事になっちゃいます……」

 弥生ちゃんが俺の事を心配してくれるのが、痛いほど伝わってきた、

 俺の肩に手を置き、心配のあまり前後に揺さぶってくる、

 弥生ちゃんの顔、近すぎかも!

 俺が沙織ちゃんモードなので、あと少しでキス出来ちゃう距離でも、

 全く平気なんだろう、普段の彼女なら真っ赤になって照れてしまう筈だ。


「こんなこともあろうかと、本多グループの総力を掛けて、

 コスメと衣装を用意しました!」

 さよりちゃん、何だかキャラ変わってない?

 一番ノリノリかも、あれっ、用意したってコスメは分かるけど、

 衣装ってこの間、ショッピングモールで大量に買い込んでなかったっけ?


「衣装って、可愛いモノを三人に揃えて貰ったよね?」


「さおりん、全然、分かってないじゃん!!」

 三人にハモりで同時に責められる……


「あれは私服だよ、さおりんの為に一番美味しいとこ、残してあげたんだ、

 僕達に感謝してね!」

 天音の言っている意味が分からない…… 何、美味しいとこって?


「とりあえず、天音の部屋に用意してあるから」

 三人に急かされながら、天音の部屋に向かう、


「うわっ!!」

 部屋に入ると俺は驚きの声を上げてしまった……

 目に飛び込んできたのは、色とりどりの女子制服だった、

 壁面と移動式のハンガーラックに掛けられ、

 我が中総高校の指定制服だけでなく、ブレザー、セーラー、

 セーラーブレザー、ありとあらゆるタイプが網羅されていた。

 それも夏服、冬服、中間服、もちろん制服上下だけでなく、

 小物のタイ リボンタイ、ネクタイ、靴のローファー、

 その他、コート類のアウターも完璧に揃っていた。


「どう、驚いた? さよりちゃんが尽力してくれたお陰で

 これだけ用意出来たんだよ!」

 天音が得意満々な表情で、さよりちゃんと弥生ちゃんに目配せする、


「私だけでなく、可愛いモノに詳しい弥生ちゃんと一緒に揃えたんですよ」

 さよりちゃんに言われて照れくさそうに微笑む弥生ちゃん、


「最初はさおりんの為でしたが、だんだん面白くなって、

 こんなに増えちゃいました……」

 俺の為にこれだけ尽力してくれたんだ、三人に感謝の念がこみ上げてくる、


「どう、一番美味しいとこを残したってのは、制服の事なんだよ、

 ある意味、私服より長い時間一緒に過ごす相棒だから、

 女の子にとって制服は、とっても重要なんだ……」


 んっ、確かに制服が女の子にとって大事なのは理解出来たが、

 どうしてこんなに用意する必要があるんだ?

 中総高校の制服だけあればいいんじゃないんだろうか。


「あっ、その目は何でこんなに制服が必要なのかって顔だね、

 まったく分かってない……」

 天音がやれやれと肩をすくめ、溜息をついた。

 こちらの疑問を見透かされているようだ、


「今日だけ、特別に教えてあげる……

 弥生ちゃんお願い!」


 弥生ちゃんがハンガーから紺色のセーラー服を手に取る、

 三本線が途中で途切れる白いセーラーカラーが珍しい、

 そのまま前身頃にあてがった、


「もちろん、意味なんてないです!

 みんなで可愛くなりたいだけです……」

 中総高校のブレザータイプも悪くないが、

 弥生ちゃんがセーラー服を着たらとってもキュートだろう、

 俺は女装を忘れて見とれてしまった……


「そうです、可愛い服のパワーは計り知れない物があるんですよ!」

 さよりちゃんに言われると説得力がある、

 男性恐怖症を克服したのも、服の持つ力のお陰だもんな……


 天音が用意していた制服を俺に差し出す、

 この制服は! 

 シングルブレステッドタイプで緑色のブレザー、

 襟のチェックがスカートとコーディネイトされており、

 胸のエンブレムと相まって清楚さを感じさせる、

 そうだ、萌衣ちゃんと同じ君更津南女子校、

 首都圏制服ランキングの一位にも選ばれた女の子憧れの制服だ。


 これに俺は袖を通すのか……

 何だか神聖な物を汚すような背徳感がある、

 天音が丁寧にハンガーから上着、ブラウス、スカートを外し、

 俺にたたみながら手渡してくれた、


 ウールの素材が手に優しい、男子の制服と手触りが違う事に驚き、

 ちょこんと上着に載ったネクタイを落とさない様に注意する。


 三人もそれぞれお気に入りの制服を手に取る、

 天音はちゃっかり男子用を用意してあるようだ、


「さあ、制服ファッションショーの始まりだよ!」

 天音が胸のボタンに手を掛ける、

 俺は妙な胸の高鳴りを押さえることが出来なかった……

 後編に続く!!

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