秘密く・だ・さ・い

「ね、宣人お兄ちゃん、おとなの気持ちいいして……」

 きゅっ、と固く目を閉じ、神聖な巫女舞の衣装のまま、

 その華奢な身体を預けてくる。

 非日常な状況が更に拍車を掛け、平常心を保てなくなる、

 えも言われぬ背徳感が背中に駆け上ってくるのが感じられた。


「香菜ちゃん……」

 口腔が妙に乾き、思わず固唾を飲み込んでしまう……


 彼女との距離はわずか数センチ、その唇から決意が伝わってくる、

 形の良い唇がわずかに動いた。


「キスして・く・だ・さ・い」


 その囁きに俺の中で何かが弾けた……

 一気に香菜ちゃんを抱き寄せる、彼女の身体が硬くなるのが分かる、

 あのベットイン未遂の続きをするんだ!!


「!?」

 次の瞬間、後頭部に鈍い痛みが蘇ってきたんだ、

 同時にフラッシュバックする光景。


「香菜の事が大好きです……」

 紗菜ちゃんの言葉、妹の香菜ちゃんに対する想い、

 この後頭部の痛みは現実では無い、あのベットイン未遂の時、

 紗菜ちゃんにフライパンで撃墜された痛みだ……

 幻痛かもしれないが、俺は我に返る事が出来た、


 断腸の思いで、華奢な少女の身体を押し戻そうとした、

 力を込めた両腕は俺の意思に反して中々動こうとしない、

 血の涙が流れそうだ……

 だけど駄目なんだ! 俺が劣情に身を委ねてしまったら、

 悲しむ人がいる、紗菜ちゃんだけではないんだ。


「宣人お兄ちゃん、どうして駄目なの?」

 その大きな瞳から今にも涙が溢れてしまいそうだ……


「俺、香菜ちゃんの想いに応えてあげられない……」

 残酷な言葉に胸が痛んだ、彼女の腕から一気に力が抜け、

 二人の間に重い沈黙が流れた。


「香菜、そんなの最初から分かってたんだよ!」

 先に沈黙を破ったのは彼女だった……


「お兄ちゃんには大好きな人がいるんでしょ……」


「香菜ちゃん……」

 俺は何も言えなかった。


「香菜ね、お願いがあるの」

 俯いたままの彼女の表情は伺いしれない、

 だけど押し殺した悲しみが伝わってくる、


「今だけでいいから、香菜をぎゅっ、て抱きしめて、

 この瞬間だけ、彼女にして……」


 泣き顔を見せないように、俺の胸に頭を強く押しつけてくる。

「そうしてくれなきゃ、香菜、許さないから!」


 彼女に対する色々な想いがこみ上げてくる、

 答えるかわりに彼女を強く抱きしめた、

 彼女の唇から吐息が漏れ、その温もりが俺のシャツ越しに伝わってきた、

 そのまま香菜ちゃんの髪をそっと撫でた。


「お兄ちゃん、嬉しい……」


「香菜ね、ずっとおとなのレンアイに憧れていたんだけど、

 だけど男の人は怖かったんだ……

 だからね、キレイなお姉さんにベタベタしちゃったの」


 そうだったんだ、だから香菜ちゃんは大人のお姉さんに

 ちょっかいを出していたんだな、

 その時、紗菜ちゃんの言葉を思い出した、


「そう、香菜の理想は沙織さん、あなたみたいな人なんです」

 香菜ちゃんの理想は沙織ちゃん?

 一番の疑問をここで投げかけてみよう。


「香菜ちゃんの理想の人ってどんなお姉さんなの?」

 ここでも単刀直入に行こう!


「えっ? 香菜の理想、そんなの恥ずかしくて言えないよう!」

 やっぱり、こんなに照れると言うことは俺こと、サオリンが理想の人?


「でもね、思い切って言っちゃおうかな、香菜ね、

 その人の事を想うと子供の頃から胸が苦しくなるの……」

 ん、子供の頃? って沙織ちゃんが理想じゃないの!


「いつも香菜の事、見守ってくれて、そんでね叱ってくれて、

 ちょっとうるさいくらいだけど……」

 満面の笑顔で語るその人って、まさか。


「香菜ちゃん、もしかして? その人って……」


「きゃ! 言っちゃ駄目、絶対に無理なんだからぁ」


 彼女は急に真顔になり、諦めたように呟いた。


「その人と結ばれるなんて天地がひっくり返っても無理なんだ……」





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