子供じゃないもん17
「宣人を導いて欲しい、君の亡くなったお母さんに頼まれたんだ……」
俺は混乱していた、実の母親は俺が幼い頃、亡くなっている。
花井住職が何故、今頃になって母の事を持ち出すんだ……
「宣人…… 起きなさい!」
あのスパリゾートで生死の境をさまよった時、俺を救ってくれた人。
古ぼけた写真の中で微笑む母しか知らない筈なのに、
どうしてこんなに胸が締め付けられるんだろう……
俺は子供の頃から我慢していた事がある、
亡くなった母の事を口にするのは家族の間でタブーだったんだ、
男手一つで幼い俺の面倒を見てくれた父、
最愛の人と永遠に会えない……
それがどんなに深い悲しみか、幼い俺にはまったく分からなかった、
お祖母ちゃんが俺の面倒を見に来てくれた時、事件は起こった、
「何で宣人だけ、お祖母ちゃんしかいないの?
他のお友達には若いお母さんがいるよ!」
たわいのない疑問だった、いつも俺をおぶって保育園や、
公園に連れて行ってくれるお祖母ちゃん、
今だったらそのありがたみが身に染みて分かるが、
幼い俺はお祖母ちゃんが一緒に来るのが嫌だったんだ……
他の友達には若い母親なのに、ウチだけ何でお祖母ちゃん?
その言葉を聞いたお祖母ちゃんの複雑な表情、
それに気付かず、俺は最悪な言葉を吐いてしまったんだ……
「もうお祖母ちゃん、保育園来ないで!恥ずかしいから……」
「宣人!!」
それまで無言でやりとりを聞いていた父に一喝された、
殴られるかと思ったんだ……
ぎゅっ、と目を閉じて身構える俺に、父は予想外の行動に出た。
「宣人…… ごめんな、お母さんを救えなかった俺を許してくれ」
絞り出すように俺に語りかける父、その瞳には深い悲しみを湛えていた。
その日以来、母に関するわがままを俺は言わなくなった……
「大丈夫ですか?」
香菜ちゃんの言葉で我に返る。
「ああ、平気だよ、香菜ちゃん」
「何だか変な感じ…… 沙織ちゃんが宣人お兄ちゃんだったなんて」
あらためて俺の頭のてっぺんかたつま先まで、視線を落とした。
「でも本当にキレイ! 香菜、沙織ちゃんの事が大好きなままでイイ?」
モジモジしながら香菜ちゃんが呟く、
「中身は男だけど、香菜ちゃんは構わないの?」
「うん! もっと好きになったんだ……宣人お兄ちゃん!」
巫女舞の格好のまま、俺に抱きついてくる香菜ちゃん、
いつもの激しさではなく、やさしく胸に顔をうずめてくる、
おでこの白さがやけに眩しい、こちらにも淡い幸せが伝わってくる……
母の事で混乱している俺の気持ちに、一片の明るさを彼女は与えてくれたんだ、
俺は大変な思い上がりに気付いてしまった……
今まで俺は、困った女の子達を救っているつもりでいい気になっていた、
全然逆だ、助けられているのは俺だった、
香菜ちゃんだけでなく、これまで出会ってきた彼女達に。
「香菜ちゃん、こんな俺を好きになってくれてありがとう!
俺も香菜ちゃんの事を可愛いと思う……」
「んっ? 可愛いだけなの……」
腕の中で彼女が拗ねた声を上げる、
「香菜、大人の好きじゃなきゃヤダ!」
「香菜ちゃん……」
「香菜だって、もう大人なんだよ、妹扱いしないで!」
駄々をこねるように大きくかぶりを振る彼女。
「ね、宣人お兄ちゃん、おとなの気持ちいいして……」
香菜ちゃんが腕の中で精一杯、背伸びするのが感じられ、
整った細い顎を上げ、そっと目を閉じた……
俺の胸が早鐘のように鳴り響いた、緊張は彼女も同じようだ、
固く閉じた唇が小刻みに震えた……
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