ミコマイ

 夜の境内は風呂上がりの身には肌寒いくらいだ、

 本堂の横には立派な舞台があり、その壇上に一人の少女が佇んでいた、

 少女は巫女の衣装に身を包んでおり、身じろぎもせず、

 俺が来るのを待っていたようだ……


「香菜ちゃん?」

 彼女は俯いたままで、こちらからでは表情が見えない、

 思わず名前を呼びかけてしまったのは、普段の雰囲気と違って見えたからだ。


「待ってたんだよ、沙織ちゃん……」

 そう呟くのが精一杯な程、何かに集中しているのが感じられた、


「香菜ちゃん、その格好は一体どうしたの?」

 巫女の衣装と言っても、彼女が身に纏っている物は

 俺達が見慣れた巫女さんの物と違い、上半身に白無地の衣装を羽織っており、

 胸元に朱色の紐で結んである。


「これは巫女舞の正装なんだ……」

 一体、どんな舞踊なんだ?


「沙織ちゃんにどうしても見て欲しかったの、本当は紗菜ちゃんと

 対で踊らなきゃいけないんだけどね、今日は特別だから……」


 衣装のせいもあるが、いつもの香菜ちゃんとは別人に見える、

 俺の中では元気すぎてちょっと行き過ぎな位、

 でも憎めない所がある可愛いトラブルメーカー、そんな印象が強い。


「沙織ちゃん、始めるよ……」

 掛け声と共に舞台袖で舞い始める、

 何故、舞台中央に位置しないんだろう?

 その理由はすぐに分かった、巫女舞は対で踊るんだ。

 普段は紗菜ちゃんが左で、香菜ちゃんが右、

 髪の結わえ方と同じなんだ、手に持った花飾りが揺れる度、

 右で結わえた毛先が可憐にシンクロする、

 舞台は無音の筈だが、俺の脳裏には雅楽の音が鳴り響いていた、

 それほど彼女の舞には情感が込められていた……

 後で香菜ちゃんに教えて貰ったが、舞を伴う演奏は舞楽と言うそうだ、


 俺は巫女舞に圧倒され、その場に立ちすくんでいた。

 凄いの一言ではとても言い表せない……

 元巫女舞は神がかりの儀式で、巫女の身体に神を降ろすと信じられて来たそうだ、

 舞はだんだん激しい動きになり、舞台の香菜ちゃんは一種の恍惚状態に見えた、


「ね、沙織ちゃん、もっと気持ちよくしたげよっか?」

 香菜ちゃんの意味深な言葉の意味が、瞬時に腑に落ちた、

 そうだ!これが何よりも気持ちいい事なんだ、

 見ている俺まで気持ちが高ぶってくる、この不思議な高揚感は何だ?

 古代から人々は神を崇めながら、様々な様式で神がかりの儀式を行ってきた、

 もちろん、世界中にその記録は残っている、

 壁画だったり、日用品である石器、土器にも数多く残されている、

 当然、日本にも、そうだ、縄文時代にもあったはずだ!

 縄文時代? 今、俺達歴史研究会が目指している物は何だ……


 突然、激しいイメージの潮流が俺の前に現れた、

 巨大な建造物、六本の柱を等間隔で配置した大型高床建物、

 三段の床はまるで巨大な舞台のようだ。

 その舞台で舞い踊るビジョン、それも一人ではない、

 複数の人物だ、踊っている人物の顔を見ようと舞台に歩み寄ろうとした時、

 そこでイメージはぷつりと途絶えた、

 見ている最中は細かな所まで分かるのに、

 目が覚めると全て忘れてしまう夢のようだ……

 でも、あの巨大な建造物はどこかで見たことがあるぞ、

 曖昧な記憶を遡ってみる、古い映画の逆回転のように思い出せた、

 これも巫女舞を見た効果か、俺も一種のトランス状態になっているようだ、


「お兄ちゃん、これ見てくれる」

 天音の部屋で差し出されたチラシ、

 全ての発端、天音の男装女子が発覚した日だ、

 何だかすごく昔に感じられるぞ、

(三内丸山遺跡IN土偶男子フェス、第一回開催決定!)

 そのチラシにはあの巨大建造物が確かに写っていた、

 あの場所で俺達は戦うんだ、そう優勝を目指して!


「香菜ちゃん! 分かったよ、ありがとう!」

 喜びのあまり、舞台に駆け上がり、香菜ちゃんに思わず抱きついてしまう……

 巫女装束越しに彼女のシトラスの香りが感じられる。


 突然の事に驚く彼女、強く抱きしめられ目を白黒させる

「沙織ちゃん!? どうしたの、違う気持ちいいは、まだ駄目だよぉ」

 勘違いする香菜ちゃん、どこまで可愛いんだろう、

 だけど今はそっちの気持ちいいではないんだ。


「香菜ちゃん、これだよ!俺達の目指す道が分かったんだ……」



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