天使の羽のマーチ
「ね! 沙織ちゃん、驚いた?
これが天照寺名物、雑巾がけレースの開催場所だよ!」
香菜ちゃんが、得意げな表情で解説してくれた場所は、
俺が知っている廊下とは全然スケールが桁違いだった……
年代を感じさせる両側の白壁には格子の窓、
床は黒光りするほど磨き上げられている、何より驚かされたのは、
廊下の先がまるで遠近法の構図のごとく、見通せない程長く続いており、
ここまで長い廊下は見た事がない。
「どう? 沙織ちゃん、すごいでしょ、全長五十メートルあるんだよ!
うちのお寺で一番の自慢なんだ!」
思わず絶句する俺に、香菜ちゃんが更にドヤ顔になる。
「でも、総本山のお寺には、全長百五十メートルの廊下があって、
百間廊下と呼ばれていて、そこには敵わないけどね!」
「香菜ちゃん、何で、こんなに長い廊下があるの?」
「何でもね、昔は建物火災が多かったみたいで、
建物の距離を出来るだけ離したほうが良かったからみたい」
そう聞いて何となく納得した、お寺のような木造建築では火災時、
延焼を免れない、そこで建物と建物の距離を長い廊下で繋ぐ、
先人の教訓が生きているんだ。
「香菜ちゃんって、物知りだね!」
「えへへ! 紗菜ちゃんと一緒にそこで修行したこともあるからね……」
「修行って、紗菜ちゃんと香菜ちゃん二人が?」
意外に思えた、紗菜ちゃんはお寺の跡取りと聞いていたが、
香菜ちゃんまで、総本山で修行するんだ。
「そうだよ、修行僧として参加して、結構大変だったんだ……」
修行僧、その響きだけで大変さが感じられるな、
「修行僧ってどんな事を学ぶの?」
「本当は出家後じゃないと、修行生活に入れないんだけど、
私達みたいなお寺の娘だと、短期間の修行道場に参加出来るんだよ、
お寺のホームステイみたいな物かな!」
ポジティブな香菜ちゃんに掛かれば、つらそうな修行も、
何だか楽しそうに思えてくるから不思議だ。
「でも雑巾がけレースって何なの、まさかこの長い廊下で?」
「ピンポーン! ここがZ1グランプリ公式認定コースだよ」
待ってましたとばかりに水の入ったバケツから、
香菜ちゃんが雑巾を取り出し、両手で固く絞り始めた。
「よいしょっと! はい沙織ちゃんの分だよ」
年期の入った雑巾を俺に手渡しながら、香菜ちゃんが廊下の端に移動した。
「まずは見本見せたげるね!」
香菜ちゃんが廊下に両手をつき、雑巾がけの姿勢を取る、
小学校の廊下掃除でおなじみのポーズだが、どこか違うぞ。
「まずは片足はこう」
香菜ちゃんの格好は学校指定の体操服だが、黒いハーフパンツから
健康的な白い足が伸び、柔らかそうな太ももが眩しく見え、
短距離走のクラウチングスタートのように片膝を床につけた、
んっ、よく見ると廊下の端には、足を置くスターティングブロックもあるぞ。
「いちについて、よーい!」
掛け声と当時に、香菜ちゃんの肢体に力が込められるのが感じられた、
一段と高く持ち上げられた形の良いおしりがハーパン越しに分かり、
俺は女装男子状態なのに、ドキマキしてしまう……
「スタート!!」
「は、速っ!!」
一陣の風が吹いたかと思う位、香菜ちゃんのロケットスタートは凄かった。
長い廊下を俊敏なチーターのように駆け抜けた、
体操服の背中に縫い付けられた名前のゼッケンがみるみる遠ざかる。
「次は沙織ちゃんの番だよ!!」
あっけに取られる俺に、遙か遠くのゴールから声を掛けられた、
「一本目の練習だから、あんまり無理しないでね!」
俺は香菜ちゃんを見くびっていたのかもしれない、
いつもニコニコ、天真爛漫な中総高校きってのロリ美少女、
そんな彼女にあんな才能があったとは……
「よーし、ここで負けたら男がすたるな……」
俺は女装男子中なのもすっかり忘れて、闘争本能に火が点いてしまった。
「いちについて……」
香菜ちゃんのロケットダッシュを真似て、クラウチングスタートを取る、
「よーい!!」
スターティングブロックに乗せた足に力が漲る、
「スタート!!」
俺の第一走目だ……
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