時間の言葉
「おはようございます、昨晩は良く眠れましたか?」
花井和尚の第一声に、身構えていた俺は拍子抜けしてしまった……
柔和な表情は、掃除のおじさんと勘違いした時と同じだ。
「おはようございます! この度は私達、歴史研究会を、
ご指導頂ける事に心から感謝致します、何卒よろしくお願いします」
部長の真菜先輩が先に挨拶をする、
「よろしくお願いします!!」
部員一同、横並びに整列し花井和尚に向かって礼をする。
和尚はそんな俺達をにこやかに見つめている、
部員の間に和やかな雰囲気が漂い始めた、
合宿場所がお寺と知った花井姉妹の落ち込んだ姿に、
他の部員も不安を感じていたんだろう……
だが、安心は出来ない、境内で初めて会った時の身のこなし、
花井和尚が只者でない事は分かっている、
一体、どんな特訓が待っているんだろうか?
お寺の本堂で修行と言えば、座禅だろう、
心の乱れ、姿勢の乱れで背中を打たれるおなじみの禅修行だが、
俺達の目指すダンス大会優勝とは縁遠い気がする、
「一発目は座禅修行だろうな……」
俺の呟きに、隣の紗菜ちゃんが反応した、
「沙織さん、残念ながら違います、父はもっと……」
紗菜ちゃんの言葉は最後まで聞けなかった、
「南無釈迦牟尼仏……」
花井和尚の声にかき消されてしまった、
低いトーンだが広い本堂に響き渡るお唱えの言葉。
一瞬にして場の空気が変わる。
「我が曹洞宗の教えは座禅に始まり座禅に終わる……」
ほら来た、やっぱり修行は座禅じゃないか、
だったら紗菜ちゃんは何故違うと言いかけたんだ?
「父の話を最後まで良く聞いてください……」
紗菜ちゃんが申し訳なさそうに呟いた。
「が、日常の行動全てに、座禅と同じ価値があると考える、
朝、目覚めて、夜、眠るまで……」
「君達は作務と言う言葉を知っているかな?」
作務? 良く禅寺でお坊さんが着ている作務衣の事か、
「作務とは掃除を精神修行と捉え、己の内なる心を見つめ、
悟りを高める事だ、まず最初にやってもらおう」
花井和尚が合図をすると、最初に俺達を案内してくれた若い僧侶、
智光さんが掃除用具を運んでくれた。
手渡されたのはバケツと雑巾、何だよ、いきなりお寺の掃除って……
戸惑いながら、智光さんの指示に従いグループ分けされる。
「私は廊下掃除かぁ、あっ、沙織お姉ちゃんと同じだ!
嬉しいなぁ! よろしくね」
香菜ちゃんが文字通り、びょんびょん跳ねながら全身で喜びを表す。
「こら! 香菜、沙織さんを困らせちゃ駄目だよ」
「はーい、大丈夫だよ! お姉ちゃん!」
「もちろん胸にお触りも絶対、駄目だからね、香菜!」
「見透かされてるなぁ、紗菜お姉ちゃんには……」
香菜ちゃんが悪戯っ子のように、含み笑いを浮かべる。
香菜ちゃんとペアで廊下掃除か、何だか嫌な予感がするぞ……
「沙織ちゃん! こっち、こっち!」
「あ、香菜、さっそく約束破り!」
俺の手を勢いよく引っ張る香菜ちゃんの背に注意が飛んだ。
「胸じゃないから、手を繋ぐぐらい許してよ、紗菜ちゃん!」
香菜ちゃんに連れられ、掃除場所の廊下に出た俺は思わず言葉を失った……
「こ、これは……」
「ね! 沙織ちゃん、驚いた? 天照寺名物、
雑巾がけレースの開催場所だよ!」
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