紗菜と香菜
「えっ、話って何の事でしょうか?」
俺の質問の意味が掴めず、紗菜ちゃんは怪訝な表情を浮かべた……
そうか、沙織ちゃんの設定上、花井姉妹とは会ったばかりなんだっけ、
俺は宣人のつもりで思わず話してしまったんだ、ヤバい、ヤバい
気を付けなければいけないな、沙織ちゃんになりきらなければ……
「あっ、びっくりさせちゃってごめんね、何で香菜ちゃんは
こんな綺麗なお姉さんが居るのに、他の女の子が気になるのかなって」
そうなんだ、歴史研究会の入部の頃やスパリゾートでのプールでも、
香菜ちゃんは、お姉さんの紗菜ちゃんではなく、
他の女の子にちょっかいを出して、香菜ちゃんに叱られていた、
天真爛漫な悪戯っ娘なんだなって、その時はあまり気にも留めなかった、
先程のベットイン未遂事件、紗菜ちゃんの阻止行動を鑑みると、
きっと何か理由があるに違いない……
俺の問いかけに、紗菜ちゃんの顔色が変わるのが分かった、
同時に繋いだままだった紗菜ちゃんの指先が強張る。
「紗菜ちゃん?」
「駄目なんです……」
彼女が微かな声で呟いた。
手を解きながら、紗菜ちゃんがベット脇のスツールに腰掛ける。
「駄目って何が、駄目なの?」
無言のままの彼女、物憂げに思案しているようで、
俯いた角度に合わせて、右向きに結わえた毛先までが、
所在なさそうに揺れる……
「香菜は私じゃ駄目なんです……
見た目もそっくりで、まるで鏡を見ているみたいだって」
それは双子だから仕方が無いんじゃ……
思わず、口に出しそうになった言葉を、慌てて飲み込む。
紗菜ちゃんの思い詰めた表情を見たら、そんな配慮のない
事はとても言えない、先程の香菜ちゃんの部屋では、
デリカシー崩壊の危機だったが、普段の俺はフェミニストの
宣ちゃんと有名なんだ。
「妹の香菜ちゃんとの間に、その笑顔を曇らせる理由が、
あるんだね……」
優しく紗菜ちゃんに問いかける、
「私で良かったら、話を聞かせてくれないかな?」
その言葉に、コクンと頷く彼女。
紗菜ちゃんの話は、子供の頃に遡った。
由緒ある天照寺の娘として彼女は生まれた、
僅かに生まれた時間が早いだけで、双子の長女として……
そこから紗菜ちゃんの苦悩は始まった、
十九代目の跡取りとして嘱望された子共は、男の子では無かった。
女の子が尼僧になり、跡継ぎになるケースもあるそうだが、
宗派によっては難しい場合もある。
お盆、お正月、一族郎党が集まる時に、否応なしに言われた言葉、
「紗菜ちゃんがお婿さんを貰って、お寺の跡を継ぐんだよ」
両親は勿論、そんな事は言わないが、親戚のおばさんの
無遠慮な言葉に、子供心に傷付いた……
私が女の子に生まれたのはいけない事なの?
幼い彼女には、結婚して跡目を継ぐ、と言う言葉が怖かった、
おままごとでは無い結婚、男性への恐怖心が芽生えたのもその時だ。
「紗菜、男なんて嫌い、結婚なんてしたくない……」
いつも納戸にある押し入れの、布団の中で泣いていたそうだ、
そんな彼女の救いは、双子の妹、香菜だった、
無邪気な妹、いつも一緒、ご飯も、お風呂も、寝るときさえも、
その安らぎに変化が生じたのは中学進学の頃だった。
「ねえ、紗菜ちゃん、もう一緒に寝るのやめない?」
晴天の霹靂に思えた……
妹の香菜ちゃんの言葉が突き刺さった。
「全て同じって事、時には残酷なんだよ、お姉ちゃん……」
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