やっつけろ!

「沙織ちゃん、こっちに来てイイよ……」


 最強ロリ美少女から、一緒に布団に入ってと誘われる、

 この強烈な誘惑に健康な男子が抗えるだろうか?

 それは否だっ!!(今は女装男子だが……)

 女装男子のアイデンティティが喪失寸前、俺が俺である事を維持出来そうも無い、

 何故か、子供の頃観たアニメの一場面が脳裏に蘇ってきた……

 俺の生まれる前の作品だが、日本のアニメ三タイトルを無理矢理一つにまとめて、

 力業でサーガ化した珍作だ、

 日本のアニメを海外に持っていく際、改変されることは良くあるそうだが、

 これはその中でも、当時のファンの間で、強烈な改悪と非難されたそうだ、

 何故、そんな古い作品を知っていたかと言うのは、

 仕事の関係で、海外の買い付けが多い母親の冴子さんが、

 お土産にDVDを買ってきてくれたんだ。


 ニュージェネレーションと呼ばれる作品の最終回で、

 主要人物の一人、女装のシンガーがコンサート中に、大勢のファンの前で、

「俺は男だ!」と女装の衣装をかなぐり捨てて、カミングアウトする場面がある、


 今の俺が同じ事を出来たらどんなにスッキリするだろう、

 ウィッグを剥ぎ取り、俺は沙織じゃなく、猪野宣人だって宣言出来たら、

 その葛藤で胸がざわめく……


「香菜ちゃん、あのね……」

 ダメだ! 頭とは裏腹に、言葉が勝手にこぼれてしまう、

 天音、ゴメン…… 先立つお兄ちゃんを許してくれ!


 無意識に俺は両手を頭の上に組み、

 高飛び込みの選手がプールに飛び込むときの様な姿勢になる、

 手の先を極限まで伸ばして、究極の三角を完成させる、

 香菜ちゃんが作り上げた、魅惑のお布団かまくらに飛び込む姿勢だ。

 本能に突き動かされると人間は時として、最適な体勢が出来るように

 プログラムされているんだ……


「香菜ちゅあん!」

 俺は奇声を上げながら、ベットの上で跳躍した……

 もちろん目標は香菜ちゃんのお布団、いざかまくらだ!


「布団に入っちゃ駄目ぇ!」

 香菜ちゃんではない悲鳴が上がる、

 同時に俺の視界が突然、ブラックアウトした、

 激しい痛みを頭蓋に感じながら、俺は無様にベット脇に転げ落ちる、

 そのまま意識が遠のく、薄れゆく意識の中で誰かが呼びかける声が聞こえた。


 *******


「痛ったぁ……い」

 頭が割れるようにズキズキ痛む……

 ここは何処だ? 目を開けると俺は見知らぬ部屋に寝かされていた、

 香菜ちゃんの部屋じゃない、


「沙織ちゃん、私が分かりますか?」

 心配そうに俺を覗き込む女の子、この声は……


「紗菜ちゃん、一体、私はどうして寝かされているの?」

 花井紗菜ちゃんだ、俺を介抱してくれたらしい、

 でもどうして?


「紗菜ちゃん、ここは何処なの……」

 広さは香菜ちゃんの部屋と同じだが、壁紙の色や、家具の配置、

 部屋全体の雰囲気が違う、


「私の部屋です、沙織ちゃん、本当にごめんなさい……」


「何で紗菜ちゃんが謝るの?」

 状況が飲み込めず、混乱する俺、


「香菜の部屋で、沙織ちゃんの頭を思いっきり叩いてしまいました……」

 そうか、見境を無くしてダイブした俺ロケットは、部屋に入ってきた紗菜ちゃんに

 撃墜されたのか。


「それもフライパンで……」

 更に申し訳なさそうな表情になる紗菜ちゃん。


 この頭の痛みはフライパンで、思いっきり殴られたからか、

 でも何故にフライパンで?


「夕食の準備を香菜にも手伝って貰おうと……」

 だからフライパン片手に、香菜ちゃんの部屋に来たんだ、

 そこでベットインしようとする俺達二人を見つけて、

 必死で阻止したんだな……


「頭は大丈夫ですか、凄く痛みます?」

 俺の額に手を伸ばす紗菜ちゃん、


「大丈夫だよ、私結構、石頭だから……」

 心配させない様にその手を遮ろうとする、


「あっ……」

 紗菜ちゃんの手と俺の手が偶然、重なった……


 暖かな掌の感触、俺の指と彼女の指が絡み合う、


「こんなにコブになってしまって……」

 絡めた指のまま、暫く紗菜ちゃんと見つめ合う、

 間近で見ても、紗菜ちゃんと香菜ちゃんはそっくりだ……

 でも、この繋いだ手から感じられる物は全然、違って感じられる。


 俺は二人の事をもっと知りたい……

 今、不思議な使命感に駈られている、この想いは何だろう?


「ねえ、紗菜ちゃん、色々お話し聞いても良いかな?」

 俺は何かに突き動かされていたんだ……

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