くまちゃんといっしょ

「沙織ちゃん、一緒のベットで寝ようね!」

 何だか、予想外の展開になってしまった……

 歴史研究会が、土偶男子フェスでの大会優勝を目指す為には、

 優勝請負人に依頼済みだと八代先生が話していた事を思い出した。


 その優勝請負人が、今回の合宿場所である天照寺、その十八代目住職、

 花井姉妹のお父さんでもある……

 俺は花井住職に弟子入りを申し込んだばかりだ。

 その愛娘と一夜を共にするなんて知ったら、速攻破門されないだろうか?


 荷物を抱えたまま、自問自答する、そんな俺の手を取り、

 香菜ちゃんが天使のような微笑みを浮かべた。


「沙織ちゃん、先にお風呂に入ろっか?」

 それは勿論アウトだ……


 南女ダンス部に潜入調査した際、部長の萌衣ちゃんとシャワーを浴びた一件、

 間一髪で男バレしなかった記憶が蘇る。


 今回のメンバーで俺の正体を知っているのは、天音、さよりちゃん、弥生ちゃん、

 三人だけだ、他の部員は俺の事を、いとこの沙織ちゃんだと思っている。


 花井姉妹の部屋がある母屋での入浴となると、女装を隠し通せるはずが無い……


「食事の前に、香菜のお部屋案内するね!」

 香菜ちゃんが俺の手をグイグイと引っ張り始める。


「ちょ、ちょっと待ってよ、香菜ちゃん!」


「駄目、駄目、早く来るの!」

 すっかり香菜ちゃんのペースだ……


 本堂を出て、隣の母屋に向かう、日本家屋でこれも立派な作りだ。

 花井姉妹の部屋は二階らしい、広いリビングを通り抜ける際、

 壁一面に、額に飾られた賞状が目に入った。


「凄い賞状の数だね、全部、紗菜ちゃんと香菜ちゃんの名前だ……」

 感心する俺に、香菜ちゃんが照れながらこう言った。


「あのね、恥ずかしいからあんまり見ないでね……

 両親が教師で、その上、由緒あるお寺の娘でしょ。

 昔から嫌と言うほど、習い事をさせられたんだ、

 お姉ちゃんは出来が良いけど、私はついていくのが大変だったんだ」

 いつも天真爛漫な香菜ちゃんだけど、そんな苦労もあったのか……


「不思議だよね、双子で顔は見分けがつかない程なのに、

 頭の出来は違うなんて……」


 一瞬、香菜ちゃんの握る手の勢いが弱まった気がした。


「さっ、お部屋は二階だよ、急いで、沙織ちゃん!」

 広い階段を上がると左右にドアがあり、右が香菜ちゃん、左が紗菜ちゃん、

 それぞれのドアにネームプレートが掛けられている。

 髪型の見分け方と同じ向きなんだな、妙に可笑しくなる。


 右側のドアを勢いよく開け、香菜ちゃんが手招きする。

「沙織ちゃん、中に入って!」

 急かされながらお部屋にお邪魔する、白を基調とした明るい壁、

 広い窓から陽光が差し込む、クイーンズサイズのベットはフカフカで

 寝心地も良さそうだ。枕元にはくまちゃんのぬいぐるみ、サイズ違いの

 ハート型の枕、香菜ちゃんのイメージにピッタリの部屋だ。


「かわいいでしょ、香菜ね、いつも寝る時、くまちゃんを、

 抱きしめながらじゃないと安心して眠れないんだ……」


 白いくまのぬいぐるみ、香菜ちゃんが枕元から抱き上げる。

 半身が隠れてしまうほど大きなぬいぐるみだ、

 このくまちゃんは抱き枕替わりなんだろう。


「ねえ、沙織ちゃん、抱っこしてくれる!」


「えっ、何?」


 急に視界が真っ暗なる、顔に柔らかな感触、そのままベットに倒れ込む。

 香菜ちゃんがくまのぬいぐるみごと、俺に抱きついてきたんだ……

 全身が甘い香りに包まれる、胸の鼓動が高くなるのが分かる。

 くまのぬいぐるみから香菜ちゃんの香りがするんだ、

 いつも一緒に寝ているって言ってたっけ。

 少女のままの特有の香り、くまちゃんを挟んでだが、柔らかなベットの上で

 香菜ちゃんと抱き合う格好になる……


「ねえ、沙織ちゃん、今夜はくまちゃん無しでも大丈夫かも……」

 香菜ちゃんが悪戯っぽく、くまちゃん越しに微笑む。


「沙織ちゃん、くまちゃんの代わりになってね……」

 吐息が俺の耳に掛かる距離だ……

 そのまま、華奢な足を絡めてくる香菜ちゃん。


 ああっ、ヤバい、ヤバすぎるぅ、俺は沙織ちゃんモードを維持出来るのだろうか?

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