circle of friends

「沙織、トイレから帰ってこないから心配しちゃった……」

 本堂に戻った俺に、お麻理が心配そうに駆け寄ってくる、


「歴史研究会のみんなに紹介がまだなんだから、さおりんを待ってたんだよ」

 と天音が、俺にしか見えない角度で目配せをする。


 そうなんだ、お祖母ちゃんの一件で、普段の俺と沙織ちゃんが、

 交換留学の体になっている関係なんだ。

 いとこの沙織ちゃんが、宣人の代わりに歴史研究会の合宿にも参加する、

 既に、天音、弥生ちゃん、さよりちゃん、お麻理は知っているが、

 真菜先輩や花井姉妹は関係性を知らない、

 顧問の八代先生には参加の許可を貰っているが、合宿開始の前に

 挨拶を済ませたほうが良いだろう。


 天音に促され、座卓に座るみんなの前に立つ、


「あっ、あの、あの……」

 急に振られたからだけでなく、先程の花井住職との一件が強烈な印象で、

 言葉に詰まってしまった……


「さおりん、頑張って! 照れなくても良いんだよ、リラックス、リラックス」

 天音の絶妙なフォローに我に返る、


「猪野沙織と申します、いとこの宣人さんから頼まれて、

 この合宿に参加させて頂きます、ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、

 何卒、よろしくお願いします!」


 深々と頭を下げ、そのままの姿勢を保つ、次の瞬間みんなの暖かい拍手に包まれた。


「歓迎しますわ! 部長の朝霞です」

 真菜先輩が両手でこちらの手を優しく握ってくれる、


「沙織ちゃん、合宿頑張ろうね、不安な事があったら何でも聞いて!」

 続けて弥生ちゃん、耳元で更に呟く、


「女の子になりきる上での事も質問してね……」

 弥生ちゃんと下着選びをした試着室が鮮明に思い出される、

 彼女も俺の事を心配してくれているんだ。


「沙織さん、私も初合宿で不安なのは同じだよ、よろしくね!」

 さよりちゃんも以前より、人見知りしなくなったんだな、

 男性恐怖症で悩んでいた頃とは全然、違い、すっかり明るい笑顔だ。


「わぉ、綺麗なおねえさん! 私、花井香菜ヨロシクね!」

 先程と違い、普段の天真爛漫さを取り戻した香菜ちゃん。


「こらこら! 香菜、いきなり失礼でしょ……

 ごめんなさいね、妹の香菜は綺麗なお姉さんが大好きなの」

 こちらは紗菜ちゃん、妹とは正反対な性格に見える、

 いつも香菜ちゃんのお目付役みたいだ……


「私は花井紗菜、名前で分かるかもしれないけど、

 このお寺の娘なの……」

 紗菜ちゃんが微妙な表情に変わるのが見て取れた、


「こちらこそ、ヨロシク! 紗菜ちゃんと香菜ちゃんって

 双子なの? 本当にそっくりで二人ともかわいいね……」


 俺の言葉に、飛び上がらんばかりに喜ぶ香菜ちゃん、


「わぁい! 綺麗なおねえさんに褒められちゃった!」

 その横で、妹の行動に恥ずかしさで真っ赤になる紗菜ちゃん。


「でも、今回の合宿では沙織さんに迷惑を掛けるかもしれません……」

 紗菜ちゃんが申し訳なさそうに頭を垂れる、


「いや、歴史研究会のみんなにも、多大な迷惑を掛けてしまいそうです、

 あの人が指導する合宿なんて……」

 ますます、暗い表情になる紗菜ちゃん。


 あの人? 一体誰の事なんだ……


 言いにくそうに紗菜ちゃんがその人の名前を告げた。


「今回の合宿を統括するのは、私達の父親……

 天照寺、十八代目住職、花井道文です」


 先程、茶室で弟子入りをお願いしたばかりの師匠、

 その住職が指導することに何故、花井姉妹はこんなに極端な

 反応を示すのか、その理由が分からない……


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