一期一会

 掃除のおじさんとしか思っていなかった男性が、天照寺の住職だなんて、

 俺は驚きを隠せなかった……


 涼しい表情のまま、お茶を立てる花井住職、

 確実に分かる事がある、この人は只者では無い……

 お寺に到着した時、花井姉妹が見せた異常なテンションの低さ、

 理由は聞かせてくれなかったが、俺は何となく理解出来た、

 良くも悪くも目の前の住職が一筋縄では行かない事が……


「一つだけ教えてくれませんか? 何故、俺の名前を知っていたんですか……」

 俺は住職の答えを予測していながら、敢えて質問を投げかけた。


「誠治君は元気か? 懐かしいな……  君を見ていると嫌でも思い出してしまう」

 住職は思いがけない言葉を口にした。


「父をご存じなんですか?」


「知って居るも何も、彼とは旧知の仲だ、

 お互い同じ釜の飯を食べ、寝食を共にした……」


 目を細めながら過去を懐かしむ住職、柔和な印象は変わらないが、

 一瞬、複雑な表情に変わった事を不思議に感じた、

 その変化を理解出来なかった事を後々、悔やむ事になるとは……

 俺の父と花井住職の奇妙な関係性について。


 先日見た夢の事を思い浮かべてしまった……

 言い争う、二人の男性、

 奇妙な飾り付けの体育館。

 縄文ナイト? 英文で書かれたポップが微かに読み取れる、

「お前は全てを奪ったんだ! これ以上、何を俺から取り上げるんだ……」


 その夢のアウトラインが鮮明に蘇ってくる……

 激しく叱責する男性の顔がスポットライトに照らされる、

 俺と同じぐらいだろうか、見慣れない詰め襟の制服、

 今の中総高校の指定制服と違う、言い争う男性二人の顔に見覚えは無い。


 何故、あの時の夢を思い出すんだろう?


 戸惑う俺に構わず、お茶の用意を続ける住職、


「君は今、過去に囚われているな……」

 茶筅を動かす手を止め、花井住職が真っ直ぐこちらを見据えながら

 俺の心をピタリと言い当てる。


 天照寺までの道中を思い返した、

 あの火葬場の近くを通っただけで、激しく胸が痛む、

 俺は兄貴が亡くなった事について、今も自分を責めてしまう……


「猪野君、茶道の心得を知っているかな?」

 住職が静かに語り始める。


「一期一会という言葉は聞いた事があるだろう……

 どんなに親しい友人、もちろん家族でも過ごす時間は永遠では無い、

 同じ時間が一つとして無いように、その瞬間を大切に思うことだ……」


「君は大切な人を失ったようだ、だがな猪野君、

 その事をいつまでも悲しんでいてはいけない、

 そこまで想える相手に出会えた事に感謝すべきだ……」



 差し向かいに座っているはずの花井住職が、とても近くに感じられた、

 この人は心でも間合いを詰めるのが上手いんだ、

 でも不快ではない、むしろ心地よく俺を包み込んでくれる、

 圧倒的な慈愛の心に、俺は打ち震えた。


 突然、俺は視界が開けたような感覚を覚えたんだ……


 ああ、この人とは出会う事が運命だったんだ。

 迷っている俺を正しい方向に導いてくれる……


「花井師匠……」

 自然と言葉が出た、


「どうか俺を導いてください……」

 不思議と迷いは無かった。


「よろしい、その言葉を待っていたんだ……」

 花井住職は俺の言葉を最初から予測していたみたいだ。


「ただし、修行は厳しいぞ! それでもこの道を進むか?」

 茶器を差し出しながら、花井住職が俺に問いかける。


 答えは一つだ。


「はい、教えてください、花井師匠!」

 俺の心は決まっていた、大会優勝に向けて突き進むしかない。




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