流れる雲を追いかけて

 天照寺の境内で突然、見知らぬ男性に声を掛けられ、

 俺は動揺を隠せなかった……


 薄汚れた作業着、片手には竹ぼうき、掃除のおじさんに見える、

 だが只者ではない、一瞬で俺の女装を見破ったんだ……

 黒縁の眼鏡越しの表情は柔和だ、だけど不思議な凄みを感じる佇まい、

 一体、このオッサンは何者なんだ?


「おっしゃる意味が分かりませんが……」

 俺は無駄だと思いながらも、女の子のふりを続け、

 何とかその場を立ち去ろうとした。


 次の瞬間、俺は身動きが取れなくなった……

 何が起こったのか理解するまで数秒掛かってしまった、

 謎の男性は竹ぼうきを武具のように使い、

 俺の制服の襟元から長い柄を差し込み、こちら身体の自由を奪ったんだ……

 節くれ立った竹の柄を差し込まれても、まったく気が付かなかった、

 一体、オッサンはどんな魔法を使ったんだ?

 まるで田んぼに立つ案山子のようにされた俺は、無様に叫んでしまった。


「い、嫌あっ!」

 ミックスボイスで助けを求めるが、広い境内の上、

 みんなの居る本堂から離れすぎている、その声は届かない。


「ほう、面白い…… 肝っ玉が座っておるな、それでも現し身を続けるとは」


 冷たい柄の感触が背中に伝わる、それ以上に冷や汗が流れるのが感じられる。

 俺は観念した……


「どうして俺が男だって分かったんですか?」

 男性は俺の言葉と同時に、竹ぼうきの柄を引き抜いた、

 そのまま、玉砂利の上にへたり込む俺、冷たく固い石の感触が膝に伝わる。


「宣人君、着いてきなさい……」

 何故、俺の名前を知っているんだ、それに竹ぼうきを引き抜いた時も、

 全く痛みを感じなかった……

 あの動きは一体、何なんだ?

 俺の間合いに一瞬で入り込み、全く気配を感じさせなかった……

 謎だらけのまま、男性の後に着いていく、


 お墓のある場所を抜けると、境内の奥に青々とした竹林が現れ、

 その先に古びた木造の建物が佇んでいた。


「ここは?」


「まあ、入りなさい……」

 苔むした灯籠を横目に見ながら、平屋の建物に男性に続いて入る、

 中は狭く、畳敷きのスペースは四畳位だろうか……

 普通の家と違い、変則的な畳の敷き方だ、


 真ん中の一部に炉が置かれている、それを見てここが茶室だと分かった。

 男性の指し示す場所に座る、自然と正座になるのは日本人の証だ、

 そこの主に言われて初めて、足を崩しなさい、

 作法としてお祖母ちゃんに教わった。


「教えてください、どうして俺が男だと見抜いたのか?

 それと何故名前を知っているんですか……」


 矢継ぎ早に質問を浴びせる俺に、笑顔のまま、男性が口を開く。


「まあ、慌てなさんな、宣人君……

 お茶でも飲みながらゆっくり話そうか」


「俺には時間が無いんです! こんな事している場合じゃ無いんだ」

 はぐらかす男性に思わず、語気を強めてしまった……」


「やれやれ、若者はせっかちでいけないな、よろしい、

 まずは自己紹介だ……」


「掃除のおじさんでしょ、何、格好つけてんの」

 更に失礼な事を口走ってしまう……

 その言葉に怒るどころか、豪快に笑う男性、


「掃除のおじさんか、まあ当たっているな、

 掃除のオッサン兼、天照寺 十八代目住職だ」

 男性が頭の手ぬぐいを外すとまばゆいばかり剃髪、


 えっ! 住職って事は花井姉妹のお父さんなの?

 俺は更に混乱してしまい。女装のウィッグがなかったら、

 驚きで禿げ上がっていたかもしれない……

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