プロムの夜

 久しぶりに夢を見た……


 いつも見るウィンドサーフィンの夢ではなかった、


 俺は俯瞰で、ある光景を眺めていた、

 そこは中総高校の体育館とおぼしき場所だったが、

 体育館全体が、奇妙な飾り付けを施され、

 暗い会場内には激しい音楽が流れ、大勢の人が踊っているようだ、

 その人々に重なるように、サイケなライトの色彩が光を落とした。


 誰かが鋭く叫ぶ声が聞こえた、人々の喧噪が止まり、声の主に注目が集まった、


 その視線の先には激しく言い争う二人の男性、

 俺は目を凝らして、二人の男性の顔を見ようとするが、

 何故だか、視界がぼやけてしまう……


「お前は俺から全てを奪った! それなのにまだ足りないのか……」

 片方の男性が怒気のこもった言葉を絞り出す、

 固唾を呑んで見守るしかない群衆、俺もその中の一人だ、

 激しくなじられた男性は反論せず、黙ったままだ、


 身体が全く動かない……

 二人の男性の顔にライトが当てられるが、身動きが取れない俺には

 その正体が誰なのか分からない……


 そこで目が覚めた、しばらくの間、自分が何処にいるのか、

 ここが自分の部屋だと理解するまで時間が掛かってしまった。

 視界に入るのはベットサイドのテーブル、

 その上に置かれた目覚まし時計が、けたたましく鳴り続けていた。


 叩き付けるような動作で、目覚まし時計のスヌーズボタンに手を掛ける、

 勢い余って目覚まし時計が丸テーブルから落ち、木製の床に転がる。

 俺は自分でも驚く程、苛立っていた……


 この湧き上がる感情に名前を付けるとしたら、殺意かもしれない……

 物騒だが、自分の生命を脅かされた時、立ち上がる防衛本能と呼べる物、

 やられる前に行動しろ、原始の言葉が寝ぼけた頭にアラードのように

 鳴り響いていた……


 暫くの間、ベットに腰掛け、先程見た夢について考えてみた、

 夢に整合性を求めても仕方がないが、不思議な物で、

 僅かの間にもう細部を忘れ始めている……


 大学教授である親父の影響か、俺は子供の頃から本の虫だった、

 誕生日などで欲しいプレゼントを聞かれると決まって、

 本を買って欲しいと親父にねだったんだ。

 夢中になったのは少年少女向けの小説、それも海外の作品、

 少女探偵ナンシードルーシリーズ、

 古典に近い作品だが、アップデートされ、現代でも新作が発表し続けている、


 何故、この作品が好きだったのか? 

 当時は良く分からなかったが、今なら推測出来る、

 その頃の俺は、母親も早くに他界しており、男手一本で育ててくれる

 父親には感謝していたが、幼い頃、母親の愛情に触れられないのは

 正直、厳しかった……


 そんな中、空想に逃げられる小説の世界は、俺の格好のシェルターだったんだ。

 少女探偵ナンシーに惹かれたのも、年上の女性への憧れだと

 今では分かる、ブロンドの髪、ブルーの瞳、行動的な女の子、

 殻に閉じこもりがちな自分を、何処かに連れ出してくれるかもしれない……

 そんな憧れが入り交じった幼い俺の感情、

 年上の女性に弱いのもこの頃の影響かもしれないな。


 つい最近、映画化され、幽霊屋敷に挑むナンシーの姿に感動したものだ、

 主演の女優さんもキュートで良かったけど、

 挿絵の中に描かれていたナンシーは、もう少しブロンドの髪も長く、

 強い意思を感じさせる瞳や、時折覗かせる大人びた仕草、

 そんな所におませな宣人少年は憧れていたんだな……


 他に憧れたのはアメリカの高校生のカルチャー、

 日本人には縁遠い、プロムの夜や高校生なのに車を乗り回し、

 そんな高校生、日本のアニメじゃ花形満位でしょ!

 豪邸の家にはプール付き、友達を集めてのパーティー!

 大人になってお兄さん、お姉さんになったら出来るんだ……

 そんな夢想に耽りながら本をむさぼるように読んでいた。


 俺もその年齢になったけど、日本の高校生には

 車もプロムナイトも無縁の日常な事に愕然とした……


 何であんな夢のみたのか?

 あれはプロムの飾り付けだ、多少変わっていたけど、

 何とかナイトとテーマを決めて開催するのが向こうのしきたりなんだっけ。


 夢を見た原因の一つは、昨晩、八十年代の映画を見たせいだ、

 それも青春映画の名作、ジョンヒューズの「プリティ・イン・ピンク」

 プロムに誰と参加するか? 涙無くては見られない作品だ、

 それと歴史研究会の合宿を控え、気持ちが高ぶっているのもある、

 だからあんな夢を見たのかもしれない……


 苦笑しながら、合宿の用意を始める、

 天音が用意してくれたスーツケースに服を詰める、

 今回は沙織ちゃんとして参加するので、大量の衣装持ちだ、

 男の時ならスポーツバック一つで充分なんだが、

 こう言うとこも女の子って大変!

 入りきらない荷物と悪戦苦闘していると、


「お兄ちゃん! もう時間だよ、早く降りてきて」

 天音の声が聞こえる、床に転がった目覚まし時計を拾い上げると、

 ヤバい! もうこんな時間だ……

 慌てて、化粧を始め沙織ちゃんモードになる、

 今回の合宿の場所はシークレットで、俺達部員には知らされていない……

 学校に集合で、八代先生の運転するマイクロバスで移動するらしい、

 集合に遅れると大目玉だ、急がなければ……

 ドレッサーに腰掛け、ウィッグの髪をブラッシングする。


 慌ただしさに先程の夢の事など忘れてしまう……

 言い争う二人の男性、その事が大きく関わってこようとは、

 今の俺には知るよしも無かった。

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