ピュアラブ
「八代先生、今回の合宿場所は何処なんですか?」
マイクロバスの運転をする八代先生に、真菜先輩が質問する、
俺達、歴史研究会全員の疑問を代弁しての事だ……
顧問の八代先生からは、コンテスト優勝を目指して企画されたと聞いている、
ただし、開催場所はシークレットだと言うんだ……
不安と動揺が広がっているのが、バスの閉塞された空間に色濃く感じられた。
「前にも説明した通り、君たちには困難に打ち勝てる対応力を養って欲しい、
その為に到着まで秘密とさせてくれ……」
何時になく、八代先生が厳しい横顔を見せる。
マイクロバスは市内を離れ、細い道に入っていく、
手前に市内唯一の自動車教習所がある、
俺もこの教習所で中型オートバイの免許を取得したんだ……
懐かしく教習コースを眺めると、数台のバイクが教習中だ、
俺も免許を取れるまで緊張したっけ……
そんな事を考えているうちに、道幅はどんどん細い道になってきた、
車幅の広いバスは対向車とすれ違うのもやっとだが、
八代先生の運転は鮮やかなものだった、以前に聞いた話だが、
教員になる前の学生時代、バイトで自動車の回送をやっていたそうだ、
先生いわく、結構給料も良く、最新の新型車にも乗れて、
車好きにはたまらない仕事だったと、嬉しそうに先生は話してくれたっけ、
うちの親父といい、車とバイク好きは年配の男性に多い気がする、
俺は親父の影響で両方に興味があるが、若者の車離れは深刻だと、
教習所の教官も嘆いていた位だ、親父や八代先生の若い頃は、
免許が取れる歳になったら、一番に欲しいものは車だったそうだ……
当時はデートカーなる言葉もあり、ホンダプレリュード、日産シルビアが、
デートカーの王座をめぐって激しい争いを繰り広げていたとの事だ。
若い男性にとって車が無いと言うことは、死活問題だったって……
今からは想像出来ないが、世間はバブルまっただ中で若者だけでなく、
日本中がおかしくなっていたそうだ。
昔を懐かしむ親父の顔を思い浮かべて、思わず笑ってしまうが、
次の瞬間、俺から笑いは消えさっていた。
木々に挟まれた細い道の先に、高台へと向かう道と大きな看板が現れる、
兄貴を送った斎場がある場所だ……
記憶が鮮明に蘇る、桜の咲き乱れる風の強い日だった、
あの日、間違いなく兄貴は天に召されたはずだ、
駅で見た兄貴そっくりの男性は、やはり俺の作り出した幻影だったのか?
こうして現実を突きつけられると、頭では理解していても胸が痛む……
「兄貴……」
窓ガラスに額を着け思わず呟いてしまう、誰にも聞こえていないつもりが、
視線を感じ、横を向くと通路を挟んで座るお麻理と目が合ってしまう。
「沙織、気分悪そうだけど、バスに酔っちゃった?」
心配そうな彼女、もちろん俺が宣人とは気付いていない、
ややこしい話だが、宣人は異性装障害という難病で大学病院に入院中だ、
目の前の俺を、転校生の沙織ちゃんと信じ切っている、
天音、さよりちゃん、弥生ちゃん以外の部員にも、
入院中の宣人の代わりで、沙織ちゃんに合宿に参加して貰う了解を取ったんだ。
「お麻理、大丈夫だよ…… ちょっと考え事してただけ」
あの特別授業の前に二人で決めた呼び名を口にすると、
嬉しそうにお麻理が微笑んでくれた。
「約束、覚えていてくれたんだね!」
「そっちこそ、沙織って呼んでくれた……」
しばらく通路を挟んで無言で見つめ合う二人だったが、
幸せな一瞬が急ブレーキにて邪魔されてしまう。
対向車が大きくはみ出して来て、やむなく八代先生がブレーキで対処したみたいだ、
これは相手が悪い、運良く事故は免れたが、急制動した車内では
誰かの黄色い悲鳴が響いた。
「みんな、急ブレーキ掛けてゴメンな!、大丈夫だったか?」
先生が俺達を心配して声を掛けてくる、
「大丈夫です!」
「へーき、平気!」
「先生は悪くないよ、悪いのは乱暴な運転する相手だよ」
張本人の対向車は何食わぬ顔で走り去ってしまった……
不名誉な事だが、千葉県の運転マナーは悪いそうだ、
さらに俺達の住む地区のご当地ナンバーは特に悪名高く、
シャコタン・ブギという漫画で絶対に付けたくないナンバーとして
取り上げられ、一躍有名になってしまったそうだ……
ああいう輩がいるからなんだろうな。
車内が落ち着きを見せたと思ったら、また女の子の黄色い声が上がった、
それもユニゾンで……
「えっ、なんでうちらの家?」
ユニゾンと言えば花井姉妹、紗菜ちゃん、香菜ちゃん、
いつ見てもアイドル並に可愛い双子ちゃんだ、
そっくりな二人の見分け方は髪留めの位置だ、
左向きが紗菜ちゃん、右向きが香菜ちゃん、
バレッタで留めた髪型がキュートで、俺が女装男子じゃなかったら、
二人のファンになっちゃうかも……
その二人が揃って驚きの声を上げる、バスは広い駐車場へ後ろ向きに駐車を始めた。
「もしかして、合宿場所って……」
「うちのお寺なの!?」
えっ! 花井姉妹の実家、そこが今回の合宿場所になるの?
と言うことは、天音の担任の花井先生の実家でもある、
確かお寺を営んでいると聞いた、駐車場の前に立派な門構えのお寺が見える、
「今回の合宿場所になる天照寺だ! 花井先生を始め、住職のご厚意で
使用させて頂く運びになった……」
八代先生がここで初めて、俺達に秘密を明かす、花井姉妹にもシークレットなんだ、
俺達は徹底ぶりに驚いた。
「ええっ! 住職ってことは……」
と不安げな言葉を洩らす紗菜ちゃん、
「マジ、あり得ないんですけど……」
こちらはあからさまに不満げな香菜ちゃん、
二人の反応をみて、俺は思った、
一体、住職ってどんな人なの?
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