ROOTS OF TREE

「私は直接、相手に直談判するつもりだった……

 もちろん完全に破談になるべく、策も用意してね」


 お祖母ちゃんが悪戯ぽく微笑んだ。


「隣村まで行く途中に、炭焼き小屋があるのは知っていたわ、

 そこからある物を拝借して、今日の成功を確信しながら先を急いだの……」


 お祖母ちゃんの若い頃が俺には容易に想像出来たんだ……

 何故なら、古い写真でお祖母ちゃんの若い頃を見たことがある、

 先日、親父が実家の古い写真を整理していて、俺も手伝ったんだ。


 お祖母ちゃんの若い頃は今よりふっくらしていたが、

 今の基準でみても美人だった、目鼻立ちがはっきりしていて、

 意思の強そうな瞳がキュートな感じだ。


 そんな若かりし頃のお祖母ちゃん、いや、お岩さんが足取り軽く、

 ずんずん山道を進むのを頭に描いて、無性に応援したくなった……


「顔も名前も知らない相手だけど、地主の倅とだけ聞かされていたの、

 それだけ分かれば充分、一人目に出会った村人に教えて貰ったわ、

 名前は春雄、歳は十九、居場所を尋ねると、村唯一の学校を教えられた、

 当時は国民学校と言っていたの、今の小学校ね……」


 軽快な口調で語るお祖母ちゃん、まるで講談師のようだ、

 俺達は紙芝居に夢中になる子供のように、話に聞き入ってしまった。


「国民学校の校庭で、低学年の生徒達が竹刀を振るっていたの、

 その中央で指導する男性、呼びかける生徒達の声を私は聞き逃さなかった、

 春雄先生と呼ばれたの……

 間違いない、この男だ、顔も知らない結婚相手、

 剣術の指導者としては、背は高いが頼りなく見える細身の身体、

 こちらの気配に、まったく気付いていなかったわ、

 傍らにあった竹刀をそっと手に取り、私は思いがけない行動に出たの……」


 お祖母ちゃんが身振りで、竹刀を振り下ろす動作をする、


「その男性に恨みはなかったわ、だけど恥を掻かせれば縁談も無くなる、

 その一心で、相手の脳天目がけ竹刀を振り下ろしたの……

 私は村一番のお転婆で、剣術もそこいらの男には負けない自信があった」


「!!」


「竹刀に手応えを感じた私は勝利を確信したの、

 でも次の瞬間、柳の木が揺れる様に、ゆらりと半身をかわした……

 竹刀は男の肩口に当たったけど、威力は半減していたのが感じられた、

 信じられないけど、渾身の一太刀を後ろ向きのまま、受け流したんだわ」


 お祖母ちゃんの声のトーンが上がるのが分かった、


「私の振り下ろした竹刀の切っ先を、後ろ手で握りながら男が振り返った、

 同時に、周りの生徒達が突然の乱入者に驚きの声を上げたわ、

 猪野先生! 大丈夫ですか?って」


 その名を聞いて俺も天音も驚いた、猪野春雄、

 俺と天音のお祖父ちゃんの名前だ……



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