群青
「兄貴、一体どうしちまったんだ……」
マーキングの為、沖に設置されたブイに接触し、
激しい飛沫を巻き上げながら転倒する兄貴、
こんな姿は殆ど見たことが無い。
ソフトな素材で出来ているブイに、セイルの一部が引っ掛かったようで、
リスタートにもたつく兄貴、離れたビーチから見ていても焦る様子が覗えた、
「カット! カット! 彼氏、本当にプロ級なの? 一本目から失敗してさ」
無遠慮なTVディレクターの怒号が飛ぶ。
近くにいた天音とお麻理が心配そうに俺の顔を見つめるのが分かる、
周りにいる俺達に配慮の無い言葉に、無性に腹が立ってくる。
続けて無線で空撮のクルーに指示を出す、
「もう一回、最初からやり直して!」
やっと兄貴がセイルから水を抜き、海面に立ち上がりリスタートする、
空撮ヘリのクルーに見えるように大きく手を振った、
そのまま、インサイドに戻りながら体勢を立て直す。
「次は頼むよ、今日の撮れ高、全然なんだから……」
ディレクターが、再度、無線で指示を出すのを耳にした時、
俺の中で音を立てて何かが弾けた、
お前に兄貴の何が分かるんだ…… 一回失敗しただけなのに、
あれだけのレベルになるまで、どれだけ兄貴が練習を積んだか、
何度も失敗して、悔し涙を流して、俺達はここまで来たんだ!
もう少しで俺は、奴に激しく意見していたかもしれない……
「!?」
次の瞬間、ヘリからの画像をモニタリングしていた、
別のTVクルーが歓声を上げるのが聞こえた。
その声に、慌てて兄貴の姿を探す、
沖合のアウトサイドに、兄貴の姿があった……
先程、失敗した第一マーカーをクリアした兄貴が、
次のブイを目指してボードの艇速を上げる、
GPSロガーを取材の為、兄貴は装着しており、
その速度は五十キロ近くになる、体感速度は下手なバイクより速く感じる。
ウェットスーツを着ているとは言え、ヘルメット無しの身体一つで、
この感覚を体験すると、ウインドがやめられなくなる……
そのトップスピードを維持したまま、兄貴は更に沖合にあるマーカーで、
一気にセイルを前方に倒し込みながら、風と遠心力を利用して
足元のボードにそのパワーを叩き付けた!
白いボードが青い海面を切り裂くようにドライブターンの軌跡を描いた。
いつもの兄貴が戻ってきた! 天音とお麻理も歓声を上げて応援している、
周りのTVクルーもすっかり兄貴に見とれていた、
どんなもんだ! 俺は自分の事の様に誇らしくなってしまった、
「ブラボー! ブラボー!」
先程のいけ好かないTVディレクターが拍手をしながら小躍りしていた、
まったく腹を立てたのが馬鹿らしい位だ……
本当に変わり身が早いんだな、マスコミっていう人種は。
無事、大成功のまま。撮影が終わり兄貴と艇庫に向かう傍ら、二人っきりになる、
「なあ、宣人……」
ボードとリグ一式を乗せたキャリーを引きながら、兄貴が呟く、
「ん、兄貴、何? 」
心地よい疲労感の中、答える、
「カッコ悪いとこ、見せちまったな……」
後ろからキャリーを押す俺を振り返らず、兄貴がポツリと言った、
「最初の失敗の事? 全然だよ! その後の兄貴は完璧だったし……」
「違う、そんな事じゃないんだ……」
「えっ? じゃあ何の事……」
「何でもねえよ…… 気にすんな」
そのまま、無言で艇庫のあるショップまで向かう、
その時は兄貴の言っている意味が分からなかった。
だけど今なら分かる、兄貴は俺にこう言いたかったんだ、
安易にスポンサーを得る為に、TV出演してしまった事を恥じているんだ、
武士は食わねど高楊枝ではないが、ショップ推薦とは言え、
マスコミに迎合し、チートみたいな真似をしてしまったと……
男なら、正々堂々と大会の結果でスポンサーを勝ち取れ!
夕陽に照らされた背中が、そう言いたかったはずだ。
いつもは自信満々で、ポジティブシンキングな兄貴、
決して俺の前で弱音を吐いた事は無い、
だけど兄貴は人一倍、繊細だったのかもしれない……
トップアスリートだけが見えていた不安と言う名の魔物、
もしかしたら、自殺未遂をした彼も同じ風景が見えていたんじゃないだろうか?
俺は過去に巡らした記憶を、懐かしく感じながらも、
体育館の冷たいパイプ椅子に、想いと共に戻ってきたんだ。
命を巡る特別授業は続行していた……
「本多会長様、ありがとうございました、会場の皆様、
どうぞ盛大な拍手でお送りください」
会場全体から拍手が巻き起こった、俺も立ち上がりながら精一杯の拍手をする、
拍手に合わせ、制服の胸が揺れ、首周りの長い髪が妙にくすぐったく感じた。
他の生徒も立ち上がり、本多会長に惜しみない拍手を送る。
孫娘のさよりちゃんも涙ぐんでいた、だけどその表情はとても晴れやかだ、
誰よりも孫娘を愛している会長、そしてその想いは他の同年代の
俺達にも向けられていたんだ……
あの制服自由化を強固に反対したのも、中総高校の未来を本当に
心配しての行動だった事を理解した、
まあ、行き過ぎていた所もあったけど……
「続きまして、本多会長から特別講師のご紹介をお願いします」
特別講師? 一体誰なんだろうか、それも本多会長直々に紹介って、
マイクを受け取った本多会長が壇上から、来賓席に声を掛けた。
「本日の特別講師は……」
驚くべき人が返事をしながら立ち上がった。
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