Free Bird
「お祖母ちゃんが何故、来賓席に居るの?」
俺が女装男子になるきっかけは、お祖母ちゃんに無用な心配を、
掛けたくないと言う天音の発案からだった……
可愛い孫の高校生活を見てみたい、そんなお祖母ちゃんの望みを叶えてあげる、
些細な始まりに過ぎなかった事象が、いつの間にかどんどん膨れ上がり、
何か得体の知れない物に巻き込まれている、
漠然とした不安が胸中に広がってきた。
本多会長が隣のお祖母ちゃんに資料を手渡すのが見えた、
俺の不安をよそに、特別授業は進行していった……
「それでは来賓を代表して、PTA会長の本多様、ご登壇お願いします」
アナウンスと共に、本多会長が壇上に上がる、
さすがに日本を代表する本多財閥のトップだ、一線は退いたとは言え、
纏うオーラが桁違いだ、一瞬で場の空気が変わる。
「おはよう、中総高校の生徒諸君、本来なら勉学に勤しむ身である
君たちの貴重な時間を割いて申し訳なく思うが、
今回の特別授業は、我が校の今後に大きく影響してくる事も有り、
このような場を特別に設けて貰った次第である……
昨今の社会情勢はめまぐるしく変化しており、我々だけで無く、
君たち若い世代も日々、不安を抱えている事だろう」
本多会長が静かに語り始める、俺は奇妙な感覚を覚えた、
いつもの会長と違う語り口だ、何だか穏やかに感じる。
「朝から暗い話題で恐縮だが、文科省のまとめによると、
昨年、自ら命を絶った小・中・高校生は三百人以上になり、
過去最多となったそうだ……
儂はその報告を受けた時、前途明るい若者が何故、命を絶つのか?
皆目分からなかった……
いじめなのか? 家庭の不和なのか?
それは儂の検討違いだった、最多の理由は「不明」との事だ……」
本多会長の言葉が途切れ、スピーチ用の眼鏡を外し、
そのまま眉間を押さえた。
「本多会長……」
俺は自分の眼を疑った、
あの会長が涙を流していた、仕事の鬼と恐れられていたあの会長が……
体育館中は水を打ったように静まりかえってしまった。
「失礼……」
本多会長が胸ポケットのチーフで涙を拭った、
「生徒諸君! 苦しい時、悲しい時、自分が押しつぶされてしまいそうな時、
どうか、思い浮かべて欲しい……
君が生まれてきた事は奇跡だと、そして君を愛する両親、家族、
君に関わる全ての人達の事を思い出して欲しい……」
本多会長のスピーチに俺も涙を禁じ得なかった、
兄貴の葬儀の夜、俺も自死を選ぼうとしてしまったんだ、
あの時の俺は、自分の事しか考えていなかった……
死ねば楽になれる、一刻も早く兄貴の所に行きたいと、
だけど病院のベットで親父の涙を初めて見たとき、俺は理解した、
この人を悲しませてはいけない……
いなくなる者は楽だ、だけど残された人達は悲しみの連鎖に囚われたまま、
自分を責めてしまうだろう、本多会長の渾身の言葉が今の俺に刺さった,
本多会長がゆっくりと会場全体を見渡し、静かに告げた、
「命の授業を開講したいと思う……」
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