謎の転校生

「転校生の猪野沙織くんだろ?」

 驚いて振り返ると、担任の下田先生が立っていた。


「下田先生……」

 思わず先生の名前を口にしてしまった、

 沙織ちゃんは知らないはずなのに、不味ったか?


「おっ、もう先生の名前、覚えてくれたのか、嬉しいぞ!」

 いい具合に下田先生は勘違いしてくれた、安堵で胸をなで下ろす。


「職員室に来ないから心配していたんだぞ、

 転校初日の不安な気持ちは、先生も良く分かるぞ、

 何、恥ずかしがる事は無いんだ、二年B組のメンツは、

 みんな気の良い奴ばかりだからな……」

 下田先生が、俺こと沙織ちゃんに気を使うのが伝わってくる、

 俺は転校した経験が無いが、初日は凄い緊張するんだろうな。


「ごめんなさい!、職員室を探したんだけど迷ってしまって、

 間に合わないといけないので、教室まで来ちゃいました……」

 何とか不慣れな転校生の振りをしてごまかす。


「こっちこそ、悪かったな、何せ急な事で準備が出来なくて……」

 先生が申し訳なさそうに頭を掻く、

 何か、事情がありそうだ……


「急に転入が決まって沙織くんも大変だな、国内留学なんて」

 えっ! 国内留学って何?

 知らない所で何が起こっているんだ……


「まあ、話は後にしよう、クラスのみんなもお待ちかねだからな……」

 下田先生が勢い良く、教室の引き戸を開ける、


「お前等、注目!」

 始業前のざわついた教室が、一瞬静まりかえる、


「今日は転校生を紹介する、みんな仲良くしてやってくれ!」

 下田先生が俺を教壇に上げ、黒板にチョークで名前を書く、


「猪野沙織くんだ」

 一斉に教室がどよめく、特に男子の反響が凄い、


「えっ、超、可愛くない? 校内美少女ランキングを書き換えなきゃ……」


「名字が猪野って事は? 宣人と関係あるの……」


「沙織ちゃん! 今、フリーですか?」


 皆、勝手な感想を口にする、俺も今までは同じ立場だったが、

 美少女の転校生登場で、色めき立つ男子をみて思わず呆れかえる。


「高校生の男って馬鹿だな……」

 俺の偽らざる感想だ。


「お前等、それ位で止めておけ、沙織くんが怯えているだろ」

 下田先生が思わず注意する、怯えるというよりドン引きなんだけど……


「沙織くんは宣人のいとこにあたる、今回、教育委員会の特別措置法で、

 学園間交流で、国内交換留学をする」

 国内交換留学? 初耳の言葉だ……


「学園を代表するアンバサダーとして、当校は猪野宣人くんを選んだ」

 俺が中総高校の代表?


「そして君更津高校の代表として、猪野沙織くんが選出されたんだ」

 君更津高校とは、この辺りで有数の進学校だ、

 でも、猪野沙織ちゃんは、俺が作った架空の人物だ、

 何故、こんな事になるんだ……

 あっ、これが本多会長の秘策なのか? 

 あの会長ならやりかねない、確かに天音と俺が入れ替わるだけでは、

 大混乱は免れない、俺が女装のまま登校して不自然でない方法だ、

 だけど疑問は残る、お祖母ちゃんの見学はどうする気なんだ?

 学年が違う事や、名前の違いは……



「宣人が代表って、どういう事でしょうか?」

 沈黙を破って、お麻理が険しい表情で先生に詰問する、

 明らかに納得していない顔だ。


「猪野宣人くんと沙織くん、それぞれ高校を入れ替わって研修をする、

 これは教育委員会の意向だ、及川、理解してくれないか……」


 俺とお麻理の関係を良く知っている下田先生の言葉に、

 複雑な面持ちになるお麻理。


「じゃあ、君更津高校に行けば会えるんですか?」


「猪野宣人くんは、現在体調不良で自宅療養中と聞いている……」


「宣人が体調不良……」

 お麻理の表情が一瞬で曇る、


 その会話を横目に、クラスの男子がコソコソ話をしている、

「何で、宣人の周りは可愛い娘ばかりなんだ……」


「クソッ、不公平じゃね……」


「天音ちゃんだけでも、果報者なのに、こんな美人のいとこまで……」


 クラスの男子達が、口々に俺の悪口を言う、

 ちょっと待て、沙織ちゃんは俺なんだぞ!

 と言いたいところだが、それは無理だ……


「事情通の談話では、沙織ちゃんも現在、猪野家に同居しているみたいです」

 誰なんだ? 事情通って……


「学園一の美少女の妹、それに可愛いいとこ、

 どこまで神様は不公平なんだろう……」


「ここに猪野宣人がいたら、弾劾裁判を発動したいくらいです」


 おいおい、俺はここに居るんだけどね……

 ひどい言われようだ。


 ざわつく教室、次の瞬間それを一喝する人物が居た。


「ねえ! 恥ずかしくないの、宣人だけ悪者にして……

 あんた達、それでも男なの?」


 お麻理が固く拳を握りしめ、珍しく声を荒げている、

 俺が居ない事にも、戸惑っているみたいだ。


「あんた達はどれだけ宣人が、苦労してきたか知らないから、

 そんな無責任な事が言えるんだ!」

 お麻理の真剣な言葉に、今まで騒いでいた男子が沈黙する、


「そうよ、男子達、ここにいない猪野くんに嫉妬して、

 みっともないわよ」

 他の女子も、お麻理に賛同する、途端にトーンダウンする男子達。

「及川さん…… 悪かったよ、俺達は宣人の事、誤解していたみたいだ」

 学級委員の三枝くんが代表して謝罪してくれる、下田先生の言うとおり、

 気の良い奴が多いのがウチのクラスだ、何とか騒ぎも収まりそうだ。


 クラスは平穏を取り戻し、下田先生が仕切り直す。

「じゃあ、及川の隣に座ってくれ」


 元々の席に向かう、俺ことさおりん、

 宣人として座っていた椅子に腰掛ける、

 女装男子の沙織ちゃんとして。


「お麻理お姉ちゃん、今日からよろしくね!」


 


 



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