リスタート
中総高校の校門が視界に入ってくる、
天音の男装女子初登校を思い出す……
あの時と逆の立場だ、足がすくむのが自分でも感じられる。
「さあ、行くよ!」
天音が優しく、躊躇する制服の背中を押してくれる、
見慣れたはずの景色が、全く違って見えた、
校門のアーチをくぐり抜けると、校舎までの道がカラフルに感じられた、
これが天音の見た風景なんだ、いままでの自分と真逆な視点。
男装、女装問わず変身願望は誰にでもあるんだ……
今の平凡な自分から脱却したい、違う人生を歩んでみたい、
皆、それぞれ悩みを抱え、日常の中で苦しんでいる、
俺も天音も、いや、この世界に生きる全ての人に悩みや苦しみがある、
突然、俺は理解した、性別を反転させることで、今までの自分の悩みを、
俯瞰で見ることが出来る事に気付いた……
「天音、ちょっといいか?」
「何、お兄ちゃん……」
感極まって俺は天音を抱き寄せ、頬にキスをしてしまった……
突然の行動に驚く天音、
「天音、ありがとな、お前が男装女子になった理由、
お兄ちゃん、やっと理解出来たよ……
兄貴の件で、引きこもりになっていた俺を立ち直らせる為に、
お前は突飛な事を思いついたんだ……」
「半分正解で、半分はずれかな……」
天音がいたずらっぽい表情でペロリと舌を出す。
「そんなに天音はブラコンじゃないよ、お兄ちゃん自惚れ過ぎ!
そして、天音の事……」
言葉が途切れ、急に俯く天音。
「子供の頃から全く変わらないんだから……
天音の事、好き過ぎなとこ」
「天音……」
子供の頃、天音と遊んだ風景が脳裏に蘇る、
いつから天音と遊ばなくなったんだろう?
お互い、思春期を迎え、何となく距離が出来てしまった、
屈託無く、昔はじゃれ合えた関係だったはずだ。
お互いの男装、女装が俺達の見えない壁を取り去ってくれたんだ。
「天音、お前って本当に可愛いな」
「遅い! 何、今更気付いてんの……」
やれやれと言う顔で呆れる天音。
そんな会話を交わしている間に、校舎に到着してしまった。
「さっ、ここから気を引き締めていくよ、お兄ちゃん」
「うん、分かっている、天音、入れ替わるんだろ」
作戦通り、俺は天音になり、天音は俺になる、
それしか、学校見学に来るお祖母ちゃんを安心させられないからだ。
と思っていた……
校舎前の職員駐車場で呼び止められた、
黒塗りのハイヤーが停まった脇には……
「皆川さん!」
ロマンスグレーの紳士が立っていた、執事の皆川さんだ、
さよりちゃんや歴史研究会の件ではいつもお世話になっている、
でも、何故学校に?
「今日は本多会長からの伝言をお伝えに参りました」
本多会長からの伝言? これが言っていた大船の件か……
「お二人は、今回入れ替わる必要はございません、
それぞれ、いつもの教室に行って貰います、
これが本多会長からの伝言です……」
えっ! それじゃあ意味がないだろ、俺が天音になりきって、
天音のクラスである一年A組に行き、
天音が俺になって二年B組に行かないと駄目だ。
動揺する俺達に、皆川さんが話を続ける。
「安心してください、本多会長には、お考えがありますので……」
本多会長は一体、どんな秘策を考えているんだ、
「さっ! 始業に間に合いませんよ、急いでください」
腑に落ちない表情の俺達を、皆川さんが急かす。
「本多会長を信じるしかない、急ごう!」
廊下を走り、階段の踊り場で別れ、それぞれの教室に向かう、
スカートを気にしつつ、階段を駆け上がり、二年B組の教室前に立つ、
緊張で引き戸のドアに掛ける手が汗ばむ、
勢いよく、ドアを開けようとした瞬間、
「おう、ここに居たのか、探したぞ!」
後ろから突然、男性に声を掛けられた……
「転校生の猪野沙織くんだろ?」
えっ! 転校生の沙織ちゃんって、どういう事なの?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます