B列車で行こう

「あれっ、宣人は一緒じゃないの?」

 お祖母ちゃんの為、男装女子の天音と女装男子の俺で、初登校の朝、

 駅の改札前で、お麻理に声を掛けられた。


 当然、目の前の女の子が俺だと気付いていない……

 お麻理は、俺が女装している理由も何も知らないんだ。


「天音ちゃんのお友達?」

 事態に対応出来ず固まる俺を横目に、お麻理が問いかけてくる、


「うん! いとこの沙織ちゃん、今日から中総高校に転校してきたんだ」

 えっ! 天音、聞いてないよ、沙織ちゃんがいつから転校生になったの?


「そうなんだ…… 私、二年の及川麻理恵、よろしくね!」

 お麻理がにっこりと微笑み掛ける、


「こちらこそ、よろしくお願いします、及川先輩……」

 話を合わせ、おずおすと後輩の女の子を装う俺。


「でも、この時期に転校なんて珍しいね、お家の都合とか?」


「……」

 答えられずに黙り込む俺を見て、お麻理の表情が曇り始める、


「ごめんなさい、沙織ちゃん…… 何だか立ち入った事聞いちゃって」

 あ、お麻理は確実に勘違いしている、

 勝手に、沙織ちゃんの不幸な境遇を想像して同情している顔だ。


「沙織ちゃん、良かったら何でも相談して!」

 お麻理の性分は極度のお人良しで、悪く言うとおせっかい焼きなんだ……


「はっ、はい、及川先輩……」


「天音ちゃんと同じく、麻理恵で良いよ、沙織ちゃん……」


「はい…… お麻理お姉ちゃん」

 しまった、いつもの癖で言ってしまった……


 俺達、三人の間に妙な沈黙が流れる、

 電車が到着するアナウンスだけが聞こえてくる。


「ぷっ、あはは! 沙織ちゃんって面白いね!」

 思わず、吹き出すお麻理、

 お麻理と呼んで、マズいと思ったが、沙織ちゃんのキャラだと

 思ってくれたみたいだ……


 安堵の吐息を洩らす俺を、お麻理はいきなり抱きしめた……


「そして、可愛いね、沙織ちゃんは……」

 突然のお麻理のハグに、驚きのあまり身じろぎも出来なかった、


「麻理恵お姉ちゃん、駄目だよ、沙織ちゃんがびっくりしてるよ」


「あっ、何してんだろ、私、ゴメンね、沙織ちゃん……」

 慌てて、お麻理が俺から身を離す。


「何だか、沙織ちゃんが他人に思えなくて、つい……」

 自分の行動に驚き、お麻理の頬が赤くなる、


「大丈夫です、麻理恵さんは、私の事を心配してくれて

 抱きしめてくれたんですよね、沙織、とっても嬉しかったです……」


 口からのでまかせではなく、本心からの言葉が出た、

 我ながら驚いたが、お麻理のやさしさに俺は何回助けられたんだろう。


「沙織ちゃん……」

 潤んだ瞳のお麻理と見つめ合う、

 傍から見れば感動的な場面だが、可愛いと抱きしめた相手が

 俺だとは夢にも思わないだろう……


「二人共、急がないと電車乗り遅れちゃうよ!」

 天音が見つめ合う俺達に割り込んでくる。


 そうだ、この上り電車に乗り遅れたら完全に遅刻だ、

 急いで階段を駆け下り、ホームに急ぐ。

 何とか間に合った、電車はいつもの混み具合だが、

 今朝は降りる乗客も多く、空席が目立つ。


「天音ちゃん、おはようございます!」

 ボックス席から女生徒に声を掛けられた、

 本多さよりちゃんだ、俺達の為に座席を確保してくれたみたいだ。


「さよりちゃん、おはよう! いつもありがとうね」

 空いている座席に座りながら、天音がお礼を告げる、


「大丈夫ですよ、それに工夫して座席に座れるようになったら、

 もう嫌な思いをする事も無くなりました……」

 そうだ、さよりちゃんは以前、通学時に痴漢被害に遭い、

 男性恐怖症に悩んでいたんだ、それを俺達で解決出来たんだっけ、


 天音、さよりちゃん、弥生ちゃん、三人で定期的に集まる、

 メイク勉強会のお陰もあり、さよりちゃんの雰囲気も、

 以前の彼女ではなく、明るいイメージを纏っている。


 メイク勉強会の成果は、俺の女装にもかなり役立っているんだけどね。


 さよりちゃんは、お麻理が同席しているのを見て、

 俺を沙織ちゃんとして、話を合わせてくれた、

 暗黙の了解という奴だ。


 さて、第一の難関はクリア出来たが、今日の趣旨は

 俺と天音が入れ替わる事だ、

 当然、クラスも入れ替わらなければいけない、

 だけど沙織ちゃんのままでは整合性が崩れてしまう、


 本多会長は大船に乗ったつもりでなんて、言い切っていたけど、

 本当に妙案があるんだろうか?


 案外、本多会長、ノープランだったりして……

 電車が目的地に近くなるにつれ、俺の不安が高まってくる。

 お麻理一人なら誤魔化せたけど、クラス全員となると……


 女装男子初登校の難関は続く。





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