おはぎの思い出
お祖母ちゃんは俺を凝視したまま、無言のままだった……
何か、しくじってしまったか……?
笑顔が引き攣りそうになるのを必死に堪える、
「お祖母ちゃん?」
親父が俺達を心配して、間に入ってくれた、
「本当にたまげたよ、あのおちびちゃんが、こんなに綺麗になって……
天音ちゃん、もっと近くで顔を見せておくれ」
お祖母ちゃんが、相好を崩しながら満面の笑顔になる。
良かった! 俺を天音だと信じてくれた、第一段階は成功だ。
「ばあちゃんも長生きするもんだね、こんなに成長した二人を見れて」
お祖母ちゃんの、その言葉を聞いて心の底から嬉しくなる。
「お祖母ちゃん……」
思わず、目頭が熱くなる、俺は小さい頃に前の母親を亡くし、
その後、親父が再婚するまで、お祖母ちゃんが母親がわりだった。
家事だけでなく、生まれつき身体の弱かった俺の病院も、
全て付き添ってくれたそうだ、
お祖母ちゃんのお陰で、俺は無事、成長することが出来たんだ。
どれだけ感謝しても足りない位だ、
だから、お祖母ちゃんには出来るだけ長生きして欲しい……
「さっ! 感動の対面はそれ位にして、
お祖母ちゃん、疲れたでしょう? 俺、お茶を入れるから、
天音、お祖母ちゃんの荷物運んであげて……」
天音が俺になりきって、機転を利かしてくれる。
さっきは気が付かなかったが、お祖母ちゃんの持参した荷物は大量だ、
昔から変わらない事だが結構、心配性な所があるんだ、
「そうそう、二人の好きな物、いっぱい作って来たから」
「本当! 天音、お祖母ちゃんの稲荷寿司、久しぶりに食べたかったんだ」
お祖母ちゃんの荷物が多かった理由は、俺達の大好物をこしらえて来たんだ。
「お祖母ちゃん、俺のおはぎもあるの?」
天音は、俺の好物の話題を入れるのを忘れない。
「もちろん、宣人の好きな物、忘れるはずないよ」
子供の頃、お祖母ちゃんの作るおはぎが大好きだった……
お店で売っている物より、格段に美味しかった。
当時は何故だか、幼い自分には分からなかった、
今なら理由が分かる、お祖母ちゃんの実家には、天然の井戸があり、
中総高校と同じ、上総掘りと呼ばれる方式で、名水が潤沢に使える、
おはぎに使うお米と水が違う、これが味の差になるんだ。
「やった! お祖母ちゃん、ありがとう!」
そんな俺達の様子を、親父が微笑みながら見つめる、
親父は何も言わないが、最近の俺達を、誰よりも心配してくれている、
大黒柱の親父が居るから、俺達は自由に出来るんだ、
お祖母ちゃんも交えた、猪野家久しぶりの休日だ、
俺と天音が入れ替わっているのは、ご愛敬だ……
リビングから、畳のある和室に移動する、
お祖母ちゃんは和風が好きなので、泊まって貰う部屋も和室だ。
田舎の家の特徴だが、法事で来客が多い時にも対応出来るように、
二部屋のふすまを外すと、長いテーブルも置ける、
お盆にお坊さんを呼んでお念仏なんて事にも、対応可能だ。
お座敷で、お祖母ちゃんの作ってくれた手料理を頂く、
子とものころ、記憶に刷り込まれた味は普遍だ、
間違いなく美味しい、稲荷寿司の絶妙な甘さも変わっていない。
満足してお茶を飲む俺達、お祖母ちゃんは仏壇にお線香を上げている、
「そうだ、お祖母ちゃん、せっかく来たんだから行きたい所ある?」
仏壇に向かい、拝んでいるお祖母ちゃんの背中に声を掛ける。
「そうだねぇ、どこでもいいかい?」
「いいよ! お祖母ちゃんの行きたい所、教えて」
行きたい所って、都内見物とかかな?
「祖母ちゃんね、お前達の通う高校見学に行きたい……」
えっ! 中総高校見学って事は……
お祖母ちゃんに俺達の入れ替わりをバレない為には。
以前、冗談で思い浮かべた事が脳裏に蘇る、
中総高校の校門を勢いよく、くぐる俺。
「猪野宣人、今日から女の子になります!」
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