おばあちゃんとぼくと
「天音、メイクは大丈夫かな?」
ドレッサーに向かいながら天音に声を掛ける。
「駄目、駄目、今日のお兄ちゃんは天音になりきらなきゃ……」
天音にたしなめられて、今日の目的を思い出した。
久しぶりにお祖母ちゃんが、猪野家に来るんだ、
以前は家から近い場所に住んでいたんだけど、
実家の母屋が老朽化したのを切っ掛けに、お祖母ちゃんの療養も兼ねて、
他県の介護マンションに引っ越ししたんだ。
介護マンションと言っても、ベットに伏せっている訳では無く、
自由に外出も出来るようになったので、俺達、孫の顔を見に来るんだ。
天音やみんなで、今日の為に買いそろえた服を吟味する、
「これ、可愛くない?」
一着のワンピースを取り、胸に当ててみる、
レトロガーリーなギンガムチェックのワンピースで、
襟には上品な白いレースがあしらわれ、これならお祖母ちゃんにも
きっと気に入って貰えそうだ。
「いいね! それ天音が選んだ一着なんだよ、
昭和の女優さんみたいで素敵だよ」
「よし、これに決めた! 早速着替えてくるよ」
俺は部屋に戻り、慣れた手つきでインナーを替え、
ワンピースに袖を通した。
あのショッピングモールで初ブラを着けた時から、俺の心は決まっていた、
大好きなお祖母ちゃんを安心させる為、完璧な女装をするんだ……
天音の部屋に戻り、最終チェックをして貰う、
「どうかな?」
「う~ん、とってもキュートだけど、髪色が合わないかな……」
確かに、今着けているウィッグはブラウンカラーで、レトロな
ワンピースにはちょっと合わない、
「これに替えてみて、」
天音が差し出したウィッグは、お人形さんの様な黒髪ストレートだった。
早速、付け替えた俺の姿をみて、天音がベットの上で悶絶していた。
「何やってんの?」
「可愛い、似合いすぎるよお兄ちゃん、黒髪アリスちゃんみたい!」
天音のアリス好きを忘れていた……
とにかく不思議の国のアリスが絡むと、我を忘れて興奮するんだ。
「ちょっと、これ抱っこしてくれない?」
天音に渡されたのは、ベットサイドにいつも置かれている
白いウサギのぬいぐるみだ、ご丁寧に時計も持っている。
天音の言われるままに、ぬいぐるみを抱っこする、
「こ、こう?」
胸の前でウサギのぬいぐるみを抱きかかえた。
カシャ! カシャ!
いきなり天音がスマホで連写を始める……
「イイ、イイよ! お兄ちゃ、いやアリスちゃん!
ちょっと、スカート持ち上げてみようか?」
アカン、完全にアリスモード発動中だ……
「ピンポーン!」
その時、玄関のチャイムが鳴った。
お祖母ちゃんだ! 予定よりも到着が早いぞ。
心の準備がまだ出来ていない……
「お兄ちゃん、急いで!」
我に返った天音が俺の乱れたウィッグをブラッシングする、
親父がお祖母ちゃんを出迎える声が、階下で聞こえる。
「おーい、お祖母ちゃん来たよ、二人とも降りてきなさい」
急いでリビングに向かう、
「よっこらしょ……」
大きな荷物を抱えたお祖母ちゃん、
久しぶりに見るお祖母ちゃんは、何だか以前より小柄に見えた。
「おや? もしかして宣人、すっかり大人びて……
祖母ちゃんも年を取るわけだ、おいねえおっだよ」
その方言は昔と変わらない、嬉しくなって答えようとする、
「おば……」
しゃべりかけた俺の足を、思いっきり天音が踏みつける、
あまりの痛みに言葉が出なくなってしまう……
「んっ、んっ!」
天音がわざとらしく咳払いをする。
しまった、久しぶりにお祖母ちゃんに会えた嬉しさで、
宣人として答える所だった……
あぶない、あぶない。
「お祖母ちゃん、久しぶり! 長旅で疲れたでしょう?
ゆっくりしていってね」
男装の天音が俺になりきって答えた。
「優しいのは昔から変わってないね、宣人」
お祖母ちゃんが嬉しそうに目を細める、
良かった! バレていない。
次は俺の番だ。
「まあ、まあ、この別嬪さんは誰?」
お祖母ちゃんが隣の俺に声を掛ける。
すうっ、と深く息を吸い、お得意のミックスボイスで答える、
「お祖母ちゃん! 天音だよ、大きくなってビックリした?」
最大級の笑顔でお祖母ちゃんを歓迎する。
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