逢いたいよ……

「おーい! 宣人、早くしろよ……」

 リグとボードを先に運び終えた兄貴が、屈託の無い笑顔で声を掛けてくる、

 俺はまだセイルセッティングの途中だ、慌ててダウンのテンションを掛け、

 陸上でセイルを立てて風をはらませ、トップの開き具合を確認する。


「おニューのボードだからって急ぎすぎだよ!」

 先を越された俺は、苦笑いと共に兄貴に叫ぶ。


「へっへー、良いだろ、コイツ!」

 兄貴がボードを片手で持ち上げながら自慢する、

 浮かれるのも無理は無い、ナッシュハワイの最新ボードだ、

 ウインドの道具はボードだけでも数十万して、フルセットではその何倍だ、

 サーフィンのようにボード一枚では用が足りない、

 風域に合わせたセイルが複数枚必要だ、そしてカーボンマスト、ブーム等

 学生の俺達ではおいそれと買える代物ではないが、

 兄貴はバイトを掛け持ちしながらコツコツと揃えてきたそうだ。


 俺は兄貴のお下がりだが、道具を貸して貰っている、

 最初はそんな高価な物、無償では悪いと思ったが、

 それを言ったら、兄貴は憎めない笑顔を見せながら、

「馬鹿! つまんない事、宣人は気にすんなよ、

 俺は逆に嬉しいんだよ、お前がウィンドサーフィンを始めた事が……」


 兄貴は、俺にとって常に憧れの存在だった、

 小さい頃から、親類付き合いで顔を合わせていたが、中学の時、

 偶然、街で再会してから急速に仲良くなり、海に誘われたんだ。


 それからの俺達は、放課後、休日の殆どの時間を海に費やしてきた、

 時には通学前の短い時間も海に入った、それ程の魅力がウインドにあった。

 風と波は気まぐれだ、今日は休みだからと言っても全く風が吹かず、

 一日を無駄にする事も多い、だけど良い風に当たった時は格別だ、

 クタクタになり、腕が上がらなくなるまで乗り続ける。

 一度、あの海面を疾走する浮遊感を体感すると、病みつきになるんだ、

 今朝もそんな最高のコンディションに恵まれた日だった。

 ニューボードの兄貴はテンションがMAXで、ジャイブもキレキレだ、

 俺はついていくのも必死だが、先行する兄貴の背中を見るのが、

 無性にうれしかった、最高の走りを特等席で見れるんだから。


 兄貴が片手を上げ、ガッツポーズをする、いつまでも見ていたい、

 そんな気持ちが俺の胸に溢れてきた……

 そう、いつまでも続くと信じていたかった。

 あの頃に戻れるのなら、逢いたいよ、いま兄貴に逢いたい……

 何度も夢想した、今にも兄貴が顔を出すんじゃないかって、

 駅の改札、ふざけあって帰った放課後、山頂カフェ、

 そしてあの海…… 


 二度と逢えないと思っていた、天と地がひっくり返っても無理だって。


 その兄貴が目の前に現れたんだ……

 たとえ死神に魂を売ってもいい、また兄貴に逢えるなら……


 俺は現実に戻り、動画ファイルのボタンをクリックした、

 胸ポケットに入れたボールペン型カメラは、手ぶれ補正も有り、

 揺れる電車内を鮮明に写しだしていた。


 しばらく周りの乗客しか写っていない動画が続く、

 業を煮やし、早送りしようとボタンに掛けた瞬間、手が止まった、


 振り返る学生風の男性、鮮明に写ったその顔を見て、

 俺は溢れる涙を抑えることが出来なかった……


「間違いない、また逢えたんだね、兄貴……」

 あまりの喜びに打ち震え、その場に泣き崩れる。


 その時の俺はまだ、待ち構える結末を知らなかったんだ……

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