天国への階段
「兄貴、待ってくれ!」
遠ざかる背中に必死に呼びかける……
混雑した駅のホームにはいつしか、雨が降り始めていた。
見間違えるはずは無い……
押山真司、俺の兄貴分であり、一番の理解者だった人。
何度、夢に見ただろう、もう一度逢えたら、俺は、俺は……
溢れる涙で視界が滲んでくる、無情にも俺の叫び声は届かない……
どんどん遠ざかる背中、夢でいつも見た光景と同じだ。
どんなにセイルを引き込んでも兄貴に追いつけない、
いつもはここで目が覚めるんだ、これも夢なのか?
そうだ、俺は夢を見ているんだ、そうに違いない……
それじゃなきゃ、死んだはずの兄貴が居るはず無い。
これは俺の願望が作り上げた幻だ……
目の前の光景も夢だと安心した瞬間、雨で濡れたホームに足を滑らせ、
したたかに膝を打ち付けてしまった……
「痛っ」
これは夢じゃ無い……
鈍い膝の痛みに思考が現実に戻る、
ホームの階段を上がる人の列に、あの背中は見えなくなっていた。
雨の降りしきるホームに俺は一人、膝をついたまま動けなかった……
「あ……」
俺は濡れるのも構わず、ゆっくりと暗い空を仰いだ、
乾いた喉に詰まっていた言葉が溢れ出す……
「兄貴、ねえ答えてよ! ずっと、ずっと逢いたかった、
もし本当に兄貴だったら、弱い自分を導いてくれないか……」
俺の偽らざる本音だった、ずっと一緒に居られると思っていた、
いつも馬鹿やって、二人でつるんで居られるって、
そしていつか、兄貴を完璧にウィンドで負かせてやるって、
その目標を、あの嵐の海で一瞬にして無くしてしまった……
全て俺のせいで、あの日、オーバーセイルで海に出なければ、
兄貴は俺の身代わりになって死ななかった……
暗い死神のような影が、俺の心を覆い尽くす、
「うああああ!!」
人影もまばらになったホームに、空虚な叫び声が響いた。
その後、どうやって家まで帰ったかは覚えていない
気がつくと俺はベットに寝かされていた。
「やっと目が覚めた……」
ベットの傍らには天音が座っていた、心配そうな面持ちで
俺の顔を覗き込む、何故だろう、身体の自由が効かない、
「無理して起きなくて良いんだよ、お兄ちゃんは凄い熱を出して、
寝込んでいたんだから……」
そうか…… 雨に打たれてびしょ濡れのままで帰ってきたんだから、
発熱してしまったんだろう。
「天音、俺は何か言っていた?」
「ううん…… 別に」
相変わらず嘘が下手な奴だ、すぐ顔に出る、
俺に気を使って、何も聞いていない振りをしてくれている。
「丸一日、寝込んだまま、起きなかったんだよ、
おかゆ作ったから、食べてみて……」
ベットのサイドテーブルには、用意してくれた食事が置かれていた。
「じゃあ、食べたらもう少し休んでね」
そう言い残し、天音は部屋を後にする。
一人になり、もう一度記憶を整理してみる、
あの時、電車で見た男性は間違いなく兄貴だった、
他人のそら似なんかじゃない、この俺が見間違える訳ない。
だけど兄貴はあの日、天に召されたはずだ、
これも揺るぎない現実だ、頭がますます混乱してくる。
そうだ! 本多会長から借りたボールペン型カメラ、
電車内の映像が記録されているかもしれない……
制服の胸ポケットに刺していたんだっけ。
俺はベットから跳ね起き、机の上のパソコンを起動する、
本多会長から教えて貰ったサーバーにアクセスする。
動画が保存されているページを開き、パスワードを入力する、
入れた! サムネイルで動画ファイルを確認する、
タイムスタンプされているので、目的の動画を探しやすい、
「あった! これだ……」
俺は目的のファイルをクリックした。
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