最高の片思い
「柚希と宣人さんをお付き合いさせるの、
協力してくれるでしょ、沙織ちゃん!」
萌衣ちゃんとの約束が頭の中でリフレインする。
彼女と前にバイクで出掛けた時、帰り道で命令された件は
この事だったんだ……
南女ダンス部員の一人とお付き合いするんだって、
はっきり言っていた。
あの時、既に萌衣ちゃんは柚希の問題に気がついていたんだ……
喫茶店で萌衣ちゃんは、いろんな事を話してくれた、
部活の事、柚希の事、全てにおいて彼女は真剣だった。
その表情に俺は圧倒されながらも、不思議な気持ちになった、
俺が男のままだったら、ここまで彼女の本心を聞き、
心のテリトリーに入り込めただろうか?
萌衣ちゃんのある言葉が印象に残った、
「年を重ねて、お祖母ちゃんになったとしても、
ずっと仲良しでいたいんだ……
そんな友達って、一人でもいたら素敵な事だよね」
そこまで言える友達って、俺には居るのだろうか?
今まで出会ってきた友達の顔が、次々に思い出される……
社交的な天音と違って、元々俺は友達が少ないタイプだった、
まあ、引きこもっていた時期は論外として、
過去を振り返ると、本当に仲の良かった友達には、
共通した事があった。
それは共通の趣味を持った仲間だった、
クラスが一緒なだけで友達というのは違う気がする、
それはクラスで浮かない為に、自分を抑えた友達ごっこみたいな物だ。
同好の仲間という物は自分を隠さず、友情を深める事が出来る。
真っ先に亡くなった兄貴の顔が浮かんだ……
こんな事を考えるのは無意味だと思うが、
もし兄貴が生きていたら、俺はウインドを続けていただろう
そして一番の友達として、俺を導いてくれたはずだ。
その時、下りの電車がカーブに差し掛かり、大きく車体が揺れた、
物思いに耽っていた俺は身体のバランスを崩しそうになった、
でも大丈夫だ、俺の乗っている車両は帰宅ラッシュに重なり、
結構な過密状態なので、周りの乗客でバランスを崩す隙間も無い。
「ご免なさい……」
お得意のミックスボイスで、ぶつかった隣の乗客に謝る。
俺が男の時だったら、確実に迷惑そうにされたはずだ、
しかし、今の俺はどこから見ても可憐な女子高生だ。
「大丈夫ですよ、お嬢さん」
ぶつかったスーツ姿の男性がニッコリと微笑みかえす、
かわいい女の子はそれだけで人生の勝ち組だ、
心底、天音や萌衣ちゃんが羨ましくなった……
俺もしばらくこのままで暮らそうかな?
そうだ、南女潜入で忘れていたが、元々女装する理由、
お祖母ちゃんの来る週末はもうすぐだ。
否応なしに男の娘で過ごさなければならないんだ、
あれ? まさか学校まで、このまま登校させられないだろう、
そんな事したら、天音の逆バージョンで大問題になっちまう……
「今日から俺、猪野宣人、女の子になります!」
女子制服のまま、校門をくぐる自分の姿を想像して可笑しくなる、
男装女子な天音と女装男子の俺、以前の俺だったら、
何の罰ゲームだよって、完全拒否していただろう……
でも、でもね、今の俺、いや私だったら……
自分の中に沙織ちゃんが拡大してくる。
自意識過剰では無く、駅の階段や電車を待つホーム、
そして電車の車内、常に誰かの視線を感じる、
男の時にはこんな事は無かった、
いかに世の男性がスケベかって事だ、若い女の子ってだけで、
ついつい目で追ってしまうんだ……
可笑しくなり、思わずクスクスと笑いが溢れる、
学生服の男性が怪訝な表情でこちらに振り返った。
「あ……」
俺は男性の顔を見て完全に言葉を失った……
意思の強そうな眉、サラサラの黒髪、口元が上がる癖
俺をいつもたしなめた表情はそのままに。
次の瞬間、目的地のホームに滑り込む電車、
ドアが開き、一斉に乗客が吐き出される、
他の乗客と共に降りていく男性、遠ざかる後ろ姿に思わず叫ぶ。
「兄貴、待ってくれ!」
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