いつか誰かを想わざる

「南女ダンス部の危機感はね……」

 先程の明るい表情と打って変わり、彼女の口調が一気に重く感じられた……


「それは負け知らずって事……」

 南女が負け知らずなのが危機感? 一体どういう意味なんだ、


「でも、部活としてはいい事じゃないの?」

 思わず聞き返してしまった、むしろ大会で無敗なら誇るべきじゃないのか?


「最初は私も、部長として鼻が高かったわ、歴史ある南女ダンス部の

 名誉を汚さなかった事が心底嬉しかった……」


「じゃあ、何故?」

 俺の強い口調に一瞬、黙り込む彼女だったが、すぐに笑顔に戻る。


「ふふっ、沙織ちゃんって、やっぱり優しい……

 自分の問題じゃないのに、こんなに真剣に考えてくれるなんて」


「萌衣ちゃん……」


「沙織ちゃん、私ね、一生懸命やったんだ、二年生で部長に抜擢されてから、

 南女ダンス部を更に強くしたい! それだけを考えて努力してきたの、

 他の部員にも厳しく指導したわ、時には行き過ぎた事も……

 でもね、嫌われてもいい、私が悪者になる事で南女ダンス部が強くなれば」


 萌衣ちゃんの細い肩が小刻みに震える、

 俺はその姿を見て、あの具無理での嵐の一夜を思い出した……

 過去のトラウマで雷を異常に怖がった彼女。


 部活に対しても彼女は一人で頑張っていたんだ……

 誰にも言えなかった気持ちをここで話してくれた。


「萌衣ちゃん、心が折れそうになってもよく頑張ったね、

 頑張り屋の萌衣ちゃんは偉いよ!」


 俺は萌衣ちゃんの一部分しか見ていなかった、

 まるでプリズムのように、めまぐるしく変わる表情、

 狂犬モードの激しい萌衣、強気な態度は自分を鼓舞する為だった。

 それは部活に対しても同じで、孤軍奮闘してきたんだ、

 そんな彼女に微力ながら、俺はエールを送りたくなった。


 肩を震わせ泣きそうにな萌衣、その前髪にそっと掌をかざす、

 柔らかい髪に俺の指が絡む、そして優しく撫でてあげた……


 一瞬、驚く彼女だったが、すぐに眼を閉じ穏やかな表情に変わる。


「不思議、沙織ちゃんって同い年なのに、お姉さんみたい……

 何でも素直に話せちゃうね、萌衣の事、分かってくれて嬉しいよ」


「萌衣ちゃん、良かったらもっと聞かせてくれない?」


「うん、分かった…… 萌衣も聞いて欲しいの」


 その後の話は俺にも良く理解する事が出来た。

 萌衣ちゃんが危惧する南女ダンス部の危機感とは、

 常勝のダンス部に蔓延し始めた部員達の奢りだった……


 これは人間の感情で仕方ない部分だが、どんなに謙虚な人間でも、

 成功し続けると、奢りの感情が芽生える、

 奢りとはやっかいな感情で、自分が特別な人間だと勘違いしていまう、

 自分中心に世界が廻っているみたいな勘違いだ。

 勝ち続けている内は良いが、そのような集団の末路は崩壊しかない。


 その事に早くから気が付いているのは少数で、部長の萌衣、顧問の刀根先生、

 柚希だけだと聞いた、そして畑違いの土偶男子フェスに参加を決めたのも、

 この現状を打破するカンフル剤的な側面があるそうだ。

 なるほど、それなら出場に合点がいく、自分たちが常勝のステージから、

 敢えて不利なステージに身を置く、部員達の眼を覚ませるなら

 たとえ負けてもいい、萌衣ちゃんは大きな賭けに打って出たんだ……


「萌衣ちゃん、そろそろ柚希を迎えに行こうか?」


「そうだね、柚希ちゃんと三人で帰ろう」


 俺達は柚希の待つ保健室へと急いだ。

 既に外は薄暗くなってきていた、


「柚希、起きてる?」

 保健室のドアを静かに開けると、そこには……


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