二人の秘密

「柚希ちゃん!!」


 体育館の床に倒れ込んだまま、微動だにしない柚希、

 うつ伏せになった身体をゆっくりと抱え起こす、


「柚希ちゃん! 大丈夫!」


「う、う……」

 俺の呼びかけに微かだが反応が返ってくる、良かった、意識はありそうだ、

 体育館の床は固い材質ではなく、ダンス用シートが敷かれており、

 適度な柔らかさが有った事が幸いしたが、まだ安心は出来ない。


「刀根先生、担架はありますか?」


「え、ええ、入り口のAED設置場所にあるから、取ってくるわ」

 さすが顧問の先生だ、他の部員が動揺している時でも冷静な対応だ、


「柚希、しっかりして!」

 萌衣ちゃんが慌てて駆け寄ってきて、そのまま柚希を揺り動かそうとする、


「駄目だよ! 萌衣ちゃん、脳震盪を起こしているかもしれないから」

 意識はあっても激しく頭を打っていたら、後々機能障害が出る恐れがある、


「あ、あっ、ごめんなさい…… でも私、どうしたらいいの?」

 あの勝ち気な萌衣が激しく動転している、今の柚希の状態を見たら無理も無い。


「萌衣ちゃん、医務室に連れて行くのを手伝って!」


「う、うん……」


 丁度、刀根先生が担架を持ってきてくれた、


「萌衣ちゃん、足のほうを持ってくれる」

 冷静に指示を出しながら、柚希の上半身を後ろから抱き起こす、

 柚希の頭が俺の胸に密着する、女装でブラに詰め物をしてあるお陰で、

 柔らかいクッション替わりになり、救護に丁度良い、

 胸が柔らかいのも、こんな所で役に立つんだな。


 そのまま、柚希を担架に乗せ、騒然とした体育館を後にする、

 柚希、待ってろよ、心の中で繰り返しながら医務室に急ぐ。


 放課後の校内は生徒も少なかったが、医務室には看護師さんが駐在しており、

 応急処置として簡単な診断を行ってくれた、

 幸い、外傷も無く軽い脳震盪で、しばらく安静にしていれば大丈夫との事だ。


 医務室のベットに横になった、柚希の穏やかな寝顔を見つめながら、

 俺達二人の間に安堵の溜息が漏れる……


「良かったぁ、柚希が無事で……」

 萌衣ちゃんの目には涙が浮かんでいる、すごく心配したんだな、


「あっ、ゴメンね、沙織ちゃん、思わず取り乱しちゃって、

 私と柚希はね、ダンス部だけでなく、一番の仲良しなんだ……

 知り合ったのは柚希が半年前に、この学園に転校してきてからなんだ。」


 柚希がこの街に戻ってきたのは半年前だったのか……

 柚希の家にお泊まりした時の話が思い出された、

 俺の知らない柚希を萌衣ちゃんは色々知っているんだ、

 何故、クロスジェンダーの彼女は性別の入れ替わりを

 コントロール出来るようになったのか?


「萌衣ちゃん,柚希ちゃんとの出会った時の事、聞かせてくれない?」


 彼女はちょっと驚いた顔をしたが、すぐに溢れるような笑顔に戻り、

「そうだね、沙織ちゃんとも同じ位、仲良しになりたいし、

 本当は誰かに聞いて欲しかったんだ、萌衣と柚希の出会った時の事、

 そして、二人で秘密を共有している事……」


  今、二人で共有している秘密って、いったい何なんだ……

 傍らで寝息を立てる柚希に、俺は視線を落とした。


 

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