あやつり人形
「凄い……」
俺は目の前の光景に言葉を失った……
歴史研究会最大のライバル校、南女ダンス部の練習を見学出来る事になった、
俺こと沙織ちゃん、ここまでは女装を見破られず潜入に成功した。
だが油断は禁物だ、これだけの人目がある中でおかしな動きは命取りだ、
本多会長に借りたボールペン型カメラで練習風景の撮影も同時進行中で、
その映像は本多会長宅のコントロールルームにリアルタイムで送られている、
天音達も見ているはずだ……
まず舞台に見立てたスペースの中央で、立ち位置を確認する萌衣ちゃん、
それに続いて柚希、他の四人もフォーメーションを作る、
俺達を打ちのめしたスパリゾートと同じメンバーだ。
「この間の続きから行くよ!」
「はい!」
萌衣ちゃんの掛け声に他のメンバーが一斉に答える、
ダンス素人の俺でも分かる、全員の頭からつま先までスイッチが入ったみたいだ、
練習曲だろうか、土偶男子の曲とは違うが軽快なインスト曲が流れる。
曲の拍に合わせてフォーメーションをめまぐるしく入れ替える、
「柚希! Aメロの入りがワンテンポ遅いよ、」
「はい! 気を付けます」
顧問の刀根先生が細かな指示を出す、先程のおっとりした雰囲気とは違い、
真剣そのものだ……
一曲通してでは無く、何度も同じパートを練習している、
その間も部員同士で細かな振り付けを確認して、完成度を高めている、
俺はその熱量に圧倒されながらも、その練習風景が何かに似ていると感じた、
そうだ、バンドの練習を似ているんだ……
バンドの練習もパートを細かく分けて、練習することが多い、
曲を通してやるのも大事だが、貸しスタジオなどでは時間が限られている為、
細かく曲をパート分けしたほうが、効率的に曲の熟練度を上げる事が出来る、
俺が驚いたのはそれだけではない、部長の萌衣ちゃんは当然だが、
あの柚希が積極的に意見を出していた事だ、
俺の知っている子供の頃の柚希は、どちらかと言うと引っ込み思案で、
天音やお麻理の後ろに隠れがちな女の子だったが、
今の柚希はまるで別人の様だ、、
時には真剣な口調で顧問の刀根先生にも意見している、
ダンスに注ぐ情熱は部長の萌衣ちゃんにも
負けていないかもしれない……
柚希のそんな姿を見て、俺は無性に嬉しくなった、
たとえライバルであっても、何かに打ち込んでいる姿は
文句なしに輝いて見える、
自分が女装でなければ、思わず柚希に駆け寄って応援したい程だった。
暫くの間、俺は南女ダンス部の練習風景を食い入るように見つめていた、
柚希だけでなく、他の部員の動きも一挙手一投足が素晴らしい、
ここまで出来るようになるまでどれ程の時間が必要だろう?
俺は歴史研究会が完全優勝だと、萌衣ちゃんに啖呵を切ってしまった……
我々に勝ち目はあるんだろうか?
不安に駆られ、嫌な汗が背筋を流れるのが感じられた。
「はい、本当のラスト一回行くよ! 最高の笑顔を見せて!」
顧問のトンちゃんが、何度目かのラスト一回コールをする、
本当に何回やるんだ…… 一回の運動量も半端ではない、
後で萌衣ちゃんに聞いたが、ダンス部あるあるで、
ラスト一回が無限に続く事が良くあるそうだ、厳しい世界だな。
俺も繰り返し、見ているうちに曲やダンスの流れが何となく理解出来ていた、
もうすぐ曲のサビに合わせて、柚希を中心としたフォーメーションを組み、
フィニッシュとなるはずだ……
柚希がセンター位置に移動しようとした次の瞬間、異変が起こった……
張り詰めていた柚希の表情から一瞬、全て色が消えた……
まるで糸の切れた人形のように見えた、
ゴッ!と言う鈍い音を立てながら、柚希が体育館の床に倒れ込んでしまった……
「きゃあああ!!」
一瞬の静寂の後、見学していた下級生達の悲鳴が響き渡る、
その場の全員が何が起こったのか把握出来ず、凍り付いたままだ、
俺は誰よりも先に身体が動いていた……
「柚希ちゃん!!」
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