可愛いは正義

 長いトンネルを抜けると一気に車窓の景色が変わる、

 線路とほぼ並行に走る国道では、夕刻の渋滞の車列が出来はじめていた、

 時間帯が帰宅ラッシュというのもあるが、近隣最大の大学病院が有り、

 国道の渋滞と重なる為、朝と夕刻の渋滞はおなじみの光景だ……

 渋滞はまだピークの時間帯では無いが、電車内はかなりの混雑だった。


 俺は電車の戸口付近に立ち、窓越しの景色を眺めていた、

 電車が二個目のトンネルに入る、光が遮られた窓に写るのは、

 中総高校の制服を着た女の子、天音と同じ学年を表す、

 えんじ色のブレザー、胸元のエンブレムが柔らかな曲線を描く、

 肩に掛かる長い髪を意識しながら掻き上げ、メイクのチェックを兼ねて、

 窓に映った自分に微笑んでみる。


 よし! 完璧だ、どこからどう見ても女子高生に見える、

 今日のミッションに向けて、天音からメイクのイロハも教えて貰った、

 幸いな事に俺にはメイクアップのセンスが有るみたいで天音を驚かせた、

 引きこもりしていた頃、ゲームに飽きた傍ら、プラモデル作りに、

 没頭していた事が役に立ったんだ……

 メイクアップとガンプラの細かい塗装は似ていて、

 初めてでは普通、出来ないアイラインや眉のメイクも一発で習得出来たんだ、

 人生、何が役に立つか分からないもんだ。


 混雑した改札を抜けて、古ぼけた駅の階段を上がる、

 おっと、短めのスカートに気をつけないと、弥生ちゃんに選んで貰った、

 可愛いパンツが見えてしまう、慌てて背中に背負ったリュックで

 スカートの後ろをガードする、女の子って、こういう所も面倒だな……

 なんで見えそうな短いスカートをわざわざ穿くの? って天音に聞いたら、

 あからさまに乙女の気持ちを解っていないと言う顔をされた、

 だって、そっちの方がかわいいでしょ、って。


 それにリュックの肩紐も異常に長くして、お尻の辺りまで下げている、

 前から疑問に思っていたが、痴漢防止にもなるそうだ、

 まあ、見た目がカワイイと言う理由が一番で、それは後付けなんだけどね、

 って、笑いながら教えてくれた、男の俺が知らない事は色々あるんだな。


 待ち合わせ場所の駅前のロータリーは、狸の童謡で有名な場所で、

 夏にはそれにちなんだお祭りが行われる、阿波踊りと同じく、

 数十人で連と呼ばれるチームを作り、踊りを競い合う夏の風物詩だ。


 そう言えば、俺達の目指す土偶男子フェスでの大会も同じ形式だ、

 ダンスに限らないが、踊りやパフォーマンスで競い合う、

 今日はその最大のライバル、萌衣ちゃん率いる南女ダンス部の見学だ、

 それも、男子禁制の女子校に潜入調査だ、女装は完璧のつもりだが、

 見破られたら一巻の終わりだ、即、逮捕案件のリスクがある、

 目の前にある駅前交番を見ながら、そんな不安が頭をよぎる。


 丁度、バイクでパトロールから戻ってきた若い警官と目が合ってしまう、

 一瞬、ドキリとするが、にっこりと微笑みかけると警官も会釈してくれた、


 大丈夫、今の自分は可愛い女の子だ、自信を取り戻した俺こと沙織ちゃん、

 気を取り直して腕時計に視線を落とす、この時計も天音から借りた物だ、

 男物のごつい時計と違い、時計本体も小さく、文字盤が見にくい、

 何でも、高校の入学祝いに親父から貰ったそうだ……

 女子高生に人気ナンバーワンのブランドとの事だ、

 親父め、俺はこんなお祝い無かったぞ、相変わらず天音には甘いんだな。


 そろそろ、待ち合わせの時間だ、ロータリーにはまだ萌衣ちゃんの姿は無い、

 その時、目の前に水色の車が止まった、丸っこいキュートな車体、

 二気筒バイクの様なエンジン音、笑いかけるようなフロントマスク、

 イタリア製のチンクエチェントと呼ばれるコンパクトカーだ。


「沙織ちゃん、お待たせ!」

 助手席のウインドウが下がり、萌衣ちゃんが手を振りながら声を掛けてきた、


「ゴメン! 待ったんじゃない?」


「ううん! 今来た所だよ……」


「良かったぁ、ミーティングが押して、約束の時間に遅れるかと思ったよ、

 慌てて、顧問の先生の車で迎えに来たんだ……」


 萌衣ちゃんが助手席から降りて来て、こちらのリュックを預かってくれる、

 手際良く助手席シートを前方に倒しながら、後部座席に身を滑らせる、


「さっ、遠慮せず、乗って! まあ、萌衣の車じゃ無いけど、

 あっ、紹介するね! ダンス部顧問の刀根先生、綺麗でしょ?

 うちらはトンちゃんって呼んでるんだ、」


「こらこら、萌衣、余計な事言わないの……」


 萌衣ちゃんをたしなめた後、こちらに向き直った女性は、確かに綺麗で、

 長い髪を後ろで無造作に纏め、眼鏡を掛けた顔は化粧っ気が無く見えるが、

 メイクアップの勉強をした俺には解る、ベースメイクがしっかりしていて、

 自然な感じに仕上げている、服装はスポーツブランドのジャージで

 これだけ綺麗に見えるのは、萌衣ちゃんの言うとおり、相当な美人さんだ。


「あなたが沙織ちゃんね、萌衣から聞いたわ、ダンスが好きなんですって、

 今日の見学、歓迎するわ、よろしくね!」


 これが大人の魅力なのか…… 自分が女装している事を悔やんだ瞬間だった、

 普段なら、年上の女性に弱い虫がうずき始める所だが、今の俺は女子高生だ。

 鼻の下を伸ばしている場合じゃない……


「こちらこそ、お忙しい中お迎えまでして頂き、恐縮です、

 今日は見学、よろしくお願いします……」


「あっ! 沙織ちゃん、堅苦しい事、抜きにしてイイよ、

 それにトンちゃんは、齢、二十三歳にして彼氏無し、

 放課後はダンス部顧問一筋だから……」


「萌衣、調子に乗り過ぎ!」


「は~い! ゴメンなさい」

 先生に怒られる彼女、普段の萌衣ちゃんはこんな感じなんだな……

 毒舌狂犬娘とは違う一面が見れて微笑ましくなる、


「でも、萌衣が見学に誘うなんて珍しいんじゃない?」


「あ~ トンちゃん、さっきのお返しで意地悪言ってる!」


 俺は借りてきた猫みたいに二人の軽妙なやり取りを聞いている、


「何となく、分かる気がする、萌衣が気に入った訳……」


「駄目だよ、トンちゃん、沙織ちゃんを値踏みするような事しちゃ」


 俺を値踏み? 何の話だろう?


 二人の会話に疑問を感じつつ、車は帰宅で混み合う駅前を抜け、

 住宅地の高台に位置する君更津南女子校に到着する、


 併設する女子大学も含め、有名なお嬢様校である君更津南女子校、

 俺の初恋の人であり、クロスジェンダーの柚希も通う女子校だ、

 車内でトンちゃんがダンス部の概要を説明してくれた。


 ダンスと言っても色んな分野があり、南女ダンス部は創作ダンスで

 全国的に有名な高校だそうだ、創作ダンスの甲子園とも言える

 日本高校、ダンス部選手権で三連覇を達成している。


 そんな凄いダンス部がライバルなんだ……

 俺は今更ながら、南女ダンス部の凄さに圧倒されていた。


 正面門をくぐり、体育館のある前の教員駐車場に車を停める、

 体育館から活気のある掛け声が聞こえてくる、いよいよだ……


「着いたよ、沙織ちゃん、我が南女子校にようこそ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る