春先小紅

「でも見れば見るほど……」


 俺達、歴史研究会の最大のライバル、南女高校ダンス部、

 関東圏でも有名なダンス強豪校だ。


 その強豪校の部長を務める、古野谷萌衣、

 可愛らしい風貌からは想像出来ないが、いったん狂犬モードに入ると、

 極道顔負けの毒舌娘に豹変する。

 多分、身内である具無理のマスター以外では、一番罵詈雑言を浴びている。


 そんな狂犬娘に、俺の女装がバレたら……


「でく公! 言葉のご褒美で随喜の涙を流すオドレも、

 身の毛がよだつほどキモい思うとったら、次は女装か!

 そこまでマジモンの変態だったとはな……

 ちょっとでもオドレに感謝した事が、恥ずかしゅうて泣けてくるわ!」


「ちょ、ちょっと待って、萌衣ちゃん、これには深い訳が……」


「ちょっとも、深いもあるかい! アホンダラ!

 深い闇なのは、オドレの歪んだ性癖じゃ!

 近寄るな、ど・へ・ん・た・い が!」


 もう人生終了のお知らせだ…… チーン。


 最悪の事態を想像して頭を抱える俺に、萌衣ちゃんが更に顔を近付ける。


「そのチーク、何使ってるの? 凄く可愛いんだけど……」

 俺の俯いた顔を覗き込み、メイクをまじまじと確認している。


「パウダーじゃないよね? 分かった! ジェルかクリームだよね」


 萌衣ちゃんが女の子らしいテンションで、俺の手首を握る。

 至近距離で見る彼女は、こうしていると本当にかわいい、

 いや、綺麗だ……


 先日の毒舌狂犬娘と同一人物とは、とても思えない、

 俺だとバレていない事に安堵すると共に、不思議な気持ちになった。


 多分、萌衣ちゃんは俺を本当の女の子だと思い、

 男の時の俺に見せない、素の自分を見せてくれているんだ……


 そうだよな、俺も男同士でいる時と、女の子の前では、

 同じとは言えない、必ず着飾った態度の自分になるはずだ。


「えっと…… 萌衣ちゃん、これだと思うの」

 弥生ちゃんがすかさず、助け船を出してくれる、ナイスフォロー!

 差し出したのは、貝殻型のケースに入った化粧品だ。


「沙織ちゃん、これだったよね、今日のチーク」

 弥生ちゃんが俺に視線を合わせ、目配せをする。


「う、うん! これこれ、最近のお気に入りなの……」

 慌てて口裏を合わせる。


「ちょっと見せて貰っていい?」

 萌衣ちゃんが手に取り、チークのケース裏側を確認する、


「えっ! ワンコインで買えるんだ、お得かも……

 沙織ちゃん、真似してもイイかな?」


「うん、大丈夫だよ! 良かったら何でも聞いて」

 女装バレしなかった安堵感から、俺は余計な事まで口走ってしまった。


「本当! 沙織ちゃん、良かったらお店の場所教えてくれない」

 しまった! と思ったが、既に後の祭りだった……


「さおりん、良かったら先に案内してあげたら?」

 えっ! 天音、何で窮地に追い込もうとするの……


 萌衣ちゃんと一緒にお買い物なんて、リスキー過ぎるんじゃない?

 何をかんがえていらっしゃるの、天音ちゅわん……


「嬉しい! 沙織ちゃんとダンスの話もしたいと思ったんだ、

 天音ちゃん、ありがとう!」


 ああ、またやらかしてしまったみたいだ……

 俺の悪い癖で、いつも安請け合いや、話を合わせすぎて、

 墓穴を掘ってしまうんだ。


「急いで行ってくるから、みんな待っててね!

 さっ、沙織ちゃん行こっ!」


 手を引かれながらフードコートを後にする、

 その握りしめた手が、まさか俺だと夢にも思っていない彼女と。

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