胸いっぱいの愛を
「さおりん! 早く入ろっ」
弥生ちゃんが俺の手を引っ張りながら、ランジェリーショップに足を踏み入れる。
勿論、こんな所に入るのは初めての経験だ……
そんな俺達に、背後から天音が声を掛ける、
「弥生ちゃん、アンダーは任せたから、私達二人は別のお店で
アウターを選んでいるから、終わったら連絡して……」
どうやらさよりちゃんと二人で別行動するようだ、
俺は天音の配慮にも気が付いた、ランジェリーショップには
さすがに男装女子のまま入店するのはマズいと考えたのだろう。
「う、うん……」
一歩、店内に足を踏み入れた瞬間、俺はお花畑に迷い込んだ錯覚を起こした、
手前にはパジャマや靴下が多く展示されているが、その先には
色とりどりのブラとショーツのセットが所狭しとディスプレイされていた、
思わず、目のやり場に困るほどだ……
「いらっしゃいませ!、今日は何をお探しですか?」
可愛らしい制服を着た店員のお姉さんが声を掛けてくれる、
「今日は、この娘のインナーを揃えたいんですが、
フィッティング無しでお願いできますか?」
弥生ちゃんが急にお姉さんに見える、そうだ、俺は男の娘一年生だからな……
「はい、喜んで! まずこちらに記入して頂けますか……」
店員のお姉さんからボードを渡された、簡単なプロフィール記入の用紙で、
希望すればメンバーズカード作成書も兼ねているようだ。
俺は記入しながら、ある項目でペンが止まってしまった、
現在のブラのサイズ……
視線を泳がせながら、隣の弥生ちゃんに助けを求める、
「店員のお姉さんに変なお願いしますが、この娘、
こういうお店で、女性用インナーを買うのが初めてなんです…… 」
店員のお姉さんは皆まで言うなと言う表情をして、にっこりと笑った。
「はい、ご入店時から気付いていましたよ、そう言うお客様、
当店では大歓迎ですので、気にしないでください」
「良かった……」
弥生ちゃんが安堵の表情を浮かべる、
俺はよく知らなかったが、どんなに完璧な女装だったり、
ジェンダー等の理由でも、性別が男性の試着やフィッティングは
出来る店舗は皆無だそうだ……
世の中は多様性の時代なのに、マイノリティな者には厳しい……
まだまだ大変なんだなと強く感じた、
外観は完璧な女装でも、直接採寸をされたら男だってバレてしまう、
そこで弥生ちゃんは店員さんによるフィッティングを断ったんだ、
運良く店員さんは俺こと、沙織ちゃんが極度の恥ずかしがり屋と、
勘違いしてくれたようだ。
「じゃあ、さおりん、フィッティングルームに行こう!」
弥生ちゃんが店員さんにメジャーを借り、買い物かごにブラ、ショーツセット、
そして謎の物体をどんどん放り込んだ、
弥生ちゃんに連れられて、フィッティングルームに入る、
「じゃあ、さおりん、スウェットの上を脱いでくれる?」
えっ! 弥生ちゃんの前で裸になるの?
こんな密室でマズくない……
モジモジしている俺に、不思議そうな顔をした弥生ちゃん、
「さおりん、早く、バスト測れないよ!」
そうだ、俺がこの格好をしているから、恥ずかしくないんだ、
これも男の娘マジックなのか?……
観念して、健康診断のようにスウェットの上半身をはだける、
弥生ちゃんが俺のみぞおちの辺りにメジャーを当て、サイズを図り始める、
メジャーが脇の下に当たるのが妙にくすぐったく感じる、
「えっと、アンダーは…… このくらい」
先程のボードにメモをする。
「さおりん、これ試してみて、」
渡された物は女性用ブラで、細かな花びらの刺繍、谷間の部分には小さなリボン、
カップの周りにはフリルが彩られていた、
「……」
俺は思わず躊躇してしまった、女装してるとはいえ、大好きな女の子から
ブラを着けなさいと迫られている、この異常なシチュエーション、
これを着けたら何だか、戻れない深みに行ってしまう気がした、
後戻り出来ない世界だ……
「さおりん、大丈夫だよ、一緒に可愛くなろっ!」
弥生ちゃんの飛び切りの笑顔に、俺の中で何かが吹っ切れた……
俺は決心して、その可憐なブラを受け取った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます