シルキーリップの魔法

「お兄ちゃんには、しばらく、男の娘として過ごして貰いたいの……」


 天音がさらっと突拍子のない事を語り始めた、


「何故なんだ? 理由を教えてくれないか……」


 姿は可憐な美少女、心は男のままの俺が天音を問い詰める。

 何だか妙な気分だ、俺がスタンガンで昏倒している間に

 天音達が、これまでのメイク勉強会で培った技術を、

 俺というキャンバスにぶつけた結果、奇跡が起き、

 予想以上の女装男子が誕生したみたいだ、


 自分で言うのも何だか、かなりイケてる……

 街で見かけたら思わず釘付けにされるレベルのルックスだ。


 勿論、長い髪は高級ウィッグで、上手くおでこを隠した前髪、

 綺麗に整えられた眉毛、清楚メイクの要、チークも

 イマドキの女の子のトレンドカラーだ、

 どこに出しても恥ずかしくない美少女ぶりに、

 言葉の違和感を覚え、言い直す


「何故なの? 理由を教えて欲しいの」

 自分でも驚くほど、カワイイ声が出た……


 一瞬、俺を囲む三人の動きが止まった、

 あっ、キモがられたかな? やってしまったか……


「か、可愛いっ! お兄ちゃん、最高だよ」

 天音を含め、三人がキャアキャア、嬌声を上げはじめる。


「そ、そう?」


「よし! 第一段階は合格、お兄ちゃん、次は外出してみようか?」


 えっ!? 女装のまま、外出? いきなりハードル高っ!


「そうですよ、猪野先輩! せっかくだからおしゃれしましょう」

 弥生ちゃんもノリノリで答える、


「本多家のリムジンを外に待たせてあります、さあ、出掛けましょう!」

 さよりちゃんまで…… 何だかおもちゃにされてないか?


 俺が着替えさせられたのはグレーのスウェット上下で、

 身体のラインが出ない服装だ。


 顔は完璧に仕上げているが、俺に合う女の子用の服が無い為だろう、

 これから服を買いに出掛けるのはそんな理由だ。


 表に出ると、おなじみのリムジンが待っていた、

 ドアを開けて出迎えてくれるのは執事の皆川さんと、

 後ろのシートに鎮座しているのは……

 えっ! 本多会長!? 何故、会長まで居るんだ、



「お祖父ちゃんまで、何でついて来てるの?」

 さよりちゃんが驚いて抗議するが、会長は全く意に介さない、


「おう、久しぶりじゃのう、天音ちゃん、元気だったか?」


「真一郎君! 来てたんだ、今日は会社暇なの?」


「はっはっは、天音ちゃんは手厳しいな、たまたま予定が無くなっただけだ」


「会長がどうしても、皆様の顔が見たいのとお申し付けでしたので……」

 執事の皆川さんが、困ったような表情を俺達に向ける。


「皆でお出かけか? 爺さんもついていっていいかのう……」


「勿論だよ! 真一郎君、一緒に行こ」


「よっしゃ、好きな物、買ってやるから何でも言いなさい」

 上機嫌な会長が豪勢な事を言い出す、


「弥生ちゃん、はて、今日は小僧の姿が見当たらんが……」


「えっ、えっと、猪野先輩は……」

 本多会長が弥生ちゃんに声を掛けた後、隣の俺の存在に気付く、


「これまた、可愛いお嬢さん、お初にお目に掛かります、

 さよりの祖父です、どうぞよろしく……」


「はじめまして、天音ちゃんのいとこで、猪野沙織と言います、

 こちらこそ、ヨロシクお願いします……」

 可憐な微笑みを浮かべながら、会釈をする、

 とっさに偽名を使ってしまった……

 本多会長は、どうやら女装した俺に気が付いていないようだ……


 何だか面白くなってきたぞ、俺は正体を明かさぬまま、

 リムジンの後部座席に乗り込んだ。


「皆川、ギオンモールに向かってくれ、あと店にも儂の大事な知人が

 行くと連絡しておけ」


 天音から買い物の趣旨を聞いた本多会長が、行き先を指示する。

 本多グループが開発、運営に携わっている近隣の大型ショッピングモールだ、


 俺は不思議な期待に胸を膨らませてた、

 完璧な男の娘になるために……


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