心の鍵

「でく助、やっと来てくれた……」


 ライトアップされた女神像に優しく見守られるように、

 俺達はこの場所で再会出来た。


 涙を流した跡が彼女の両頬に刻まれているのが、離れていても分かる……

 彼女が今日まで抱えてきた重責を思うと、言葉が出なくなる。


「萌衣、ちゃん……」

 先程の決意が揺らぎそうになるが、兄貴との約束を思い出し、

 自分自身を奮い立たせる、


「私、最初から分かってたよ、でく助が見せたい場所って……」

 泣き笑いのような微妙な表情で彼女が語り始める、


「この場所は、亡くなった両親と良く来たんだ……

 家族三人でお弁当持って、下の公園で食べたっけ、

 お母さんは私の大好きな物ばかり用意してくれて、

 本当に美味しかったんだよ、

 そして、この展望台にもお父さんといつも登ったんだ」


 子供の頃の微笑ましいエピソードだが、その後に起こる事を知っているだけに、

 胸が締め付けられる……


「まだ幼かった私は、大きくなったらお父さんのお嫁さんになるっ!って

 良くお父さんを困らせたっけ……

 お母さんはどうなるのって、お父さんは私を咎めたの、

 ふふっ、そうだよね、私がお嫁さんになったらお母さんが仲間はずれだし、

 今思うと、他愛ない私の言葉に真剣になってくれたんだ……」


 そんな良いお父さん、お母さんだから事故のきっかけになってしまった、

 プレゼントの我が儘にも真摯に向き合っていたんだろう、


「お嫁さんになるって訊かない萌衣に、お父さんはある提案をしたの」


 彼女が女神像の手前にあるフェンスへ俺を誘う、

 そこにはフェンス一面に無数の鍵が掛けられていた、

 普通の南京錠やハート型の鍵、誓いの場と背景のボードには書かれいた。


「女神像の前で恋人同士が愛を誓い、ここに鍵を掛けるの、

 そうすると末永く二人は幸せになるんだって……」


 そんな意味がこの無数の鍵にはあるんだな、素敵な言い伝えだ。


 彼女がフェンスの前に立ち、何かを探し始める、


「まだ残っているといいな、お父さんと掛けた鍵」

 思い出の鍵を探しているんだ、でもこの大量の鍵の中から見つけられるだろうか?


「あった!!」

 しばらくフェンスの前で探していた彼女が歓喜の声を上げる、


「絶対間違いない!でく助、見つけたよ、お父さんの鍵」


 萌衣ちゃんの手に持ち上げられた物は鍵箱と言って良い位、大きくて

 サーファーならおなじみの一品だ、車を離れて海に入る時、

 濡れてしまう為、車の電子キーなと身に着けていられない、

 そこでロック式の鍵箱に車のキーを収納し、

 車のバンパー裏の牽引フックなどに掛けられる。

 車上荒らしの多いビーチでの必需品だ。


 普通の錠の中から見つけられたのも、独特の形状で目立つからだ、

 萌衣ちゃんは、思い出の鍵を見つけられた喜びを全身で表している、


「お父さんがこの場所で鍵を掛けながら、萌衣に約束してくれたの、

 お嫁さんには出来ないけど、萌衣とずっと一緒だよって……」

 そこまで言って、彼女が突然押し黙ってしまう、


「なのに、なのに……何で!」

 萌衣ちゃんの肩が小刻みに震えだす、あの嵐の一夜の時と同じだ。


「お父さんの嘘つき! 何で萌衣だけひとりぼっちにしたの……」

 激しく嗚咽しながら泣き始めてしまう、心の自傷行為だ。

 これが彼女を捉えて放さない原因とはっきり分かった瞬間だった、

 彼女を立ち直らせ、笑顔にするのは今しかない!


「萌衣ちゃん、これを見てくれないか!」


 ポケットの中からある物を取り出す、

 俺の差し出した物を見た瞬間、

 泣きじゃくり、誰も手が付けられなくなった彼女の動きが止まった……

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