Be your girl
逸る気持ちを押さえつつ、右手のアクセルをひねる、
心地よい海風が車体を包む。
目的の場所まではわずかな距離で到着出来るはずだ、
左右の沿道にペンションやプチホテルが増えてくる、
「萌衣を、ある場所に連れ出して欲しい……」
具無理のマスターに頼まれた事を思い返す、
彼女を連れ出すはずが、萌衣一人で先に行かれてしまった、
距離が近いとは言え、人里離れた場所だ、
女の子一人で、暗い林道を歩かせてしまった事が悔やまれる、
だけど逆に萌衣の意思の強さが感じられ、複雑な想いが胸に広がる。
道幅が広くなり、いったん下った視界の先に広大な景色が広がる、
街並みが一望出来、その先には果てしなく続く大海原、
何故だろう、この感覚には覚えがある、懐かしい気分だ……
そうだ! 兄貴と一緒に放課後、バイクのタンデムで通った
山頂カフェだ、まあカフェと言っても俺達二人が勝手に付けただけで、
山頂の展望台に自動販売機にが数台あるだけの場所だ、
その空気感に似ているんだ、
俺にとっての約束の場所……
先程までの複雑な想いが嘘のように消える、
かげがえのない記憶や経験は俺の中で生きているんだ、
あの輝いた記憶は誰にも消せやしない、
兄貴の墓参りを終えた後、一人バイクで訪れたあの場所、
そこで誓った事を思い出す……
「兄貴…… 俺は今日限り、もう涙はやめる……
この場所に来るのは、天音の夢を叶えた後にするよ」
兄貴だったら、きっとこう言うだろう、
「宣人! 女の子一人笑顔に出来ない奴がウインドで
ロビーナッシュやビヨン・ダンカーベックみたいになれねーだろ?」
兄貴の人懐っこい笑顔が思い出される、
一瞬であの頃に記憶が戻る、まるでタイムスリップのように……
「兄貴、ありがとう…… 俺のやるべき事が分かったよ、
目の前の女の子を飛び切りの笑顔にさせてみせる!」
届くはずはないがインカムマイクに向かって語りかける、
今は萌衣ちゃんを笑顔にさせる事に全力を尽くそう、
でも兄貴は当時、誰の事を笑顔にしろって言ったんだろう?
当時、中坊の俺には分からなかった事を何故か思い出した。
目的の場所には徒歩でしか行けない、手前の公園に併設する駐車場に
バイクを停める、そこからは山頂に向かう階段を上がる、
丸太を模した階段を一歩、一歩踏みしめながら進む。
しばらくして巨大なモニュメントが見えてくる、
ライトアップされた白い女神像 乙女が海の潮風を全身に受け、
両腕は髪を押さえる仕草をモチーフにした物だそうだ。
海を見下ろす、その姿は荘厳な印象を感じる、
この街のシンボル的な場所だ、何時もは市民の憩いの場として
賑わっているが、この時間帯ではすでに誰も居ない……
展望デッキを駆け上がり、女神像のある階へ向かう、
手前のフェンスを埋め尽くす物を一瞥しながら先を急ぐ
女神像の足元、円形の回廊になった場所に彼女は一人佇んでいた……
「萌衣!」
思わず彼女の名前を叫ぶ、
「でく助、やっと来てくれた……」
ゆっくりとこちらを振り返る彼女、強い海風に髪を押さえるその仕草が、
二人を静かに見下ろす女神像に重なって見えたんだ……
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