わすれないで
「何故、俺の前から大切な人がいなくなっちまうんだ、何で……」
失意の淵に彷徨う俺にはヘルメットのスピーカーに鳴り響く、
携帯の着信音も全く聞こえなかった。
よろよろと片手でヘルメット脇の応答スイッチを押す、
「はい、猪野です……」
「……」
電話の向こうの相手は無言のままだ、
「どなたですか?」
訝しげに相手に問いかける
電話越しに風切り音が聞こえる……
まだ相手は答えない、風の音にかき消されそうになるが、
微かな吐息が聞こえる。
どうやら電話の相手は女性のようだ、
まだ黙ったまま、答えようとしない、
業を煮やして思わず、口調が荒くなる、
「もしもし! いたずら電話に付き合う程、暇じゃないんだ!
俺の大事な人が大変なんだよ!」
俺はどうかしている、いたずら電話の相手に何、キレてるんだ……
「わかったか! 電話切るぞ!」
ヘルメット脇に手を掛け、通話を切ろうとする、
「待って!」
泣きじゃくりながら電話の相手が言葉を発した、
思わず耳を疑った、その声の主は……
「萌衣なのか!?」
「うん……」
俺は彼女の声を聞いても、現実感が沸いてこなかった、
あの高台の丘から滑落したんじゃなかったのか?
「本当に無事か? 一体何処にいるんだ!」
「ごめんなさい…… でく助に心配掛けたよね」
良かった…… 俺の全身から力が抜けていくのが感じられた。
「でも、あの斜面に萌衣のバンダナが……」
そうだ、あの状況では彼女が足を滑らせてしまったとしか思えない、
「でく助を試したかったんだ……」
俺を試す? 何を言ってるんだ、
「私なんか死んでも、誰も心配してくれないんじゃないかって……」
「馬鹿野郎!!」
思わず怒鳴ってしまった、電話越しの彼女が驚くのが分かる。
「ごめんなさいっ!」
「どれだけ心配したか分かってんのか……」
「でく助……」
俺の語尾は何を言ってるのか判らなかった、
俺は泣いていた、色んな気持ちがない交ぜになった、
大切な人がいなくなる恐怖と、彼女が無事だった嬉しさ、
そして……
「軽々しく死ぬなんて口にするな! 誰も心配しないって?
馬鹿だろ、お前!」
「でく助ぇ 本当にごめんなさい!」
彼女も呼吸が苦しくなる位、電話越しに泣きじゃくっていた、
これじゃあ、あべこべに俺が毒舌モードだ……
だけど言わずにはいられなかった。
「たとえ世界中の他の人間が心配しなくても、俺が全力で心配するよ……」
俺は分かっていたんだ、あの嵐の一夜、萌衣ちゃんの深い心の傷、
両親を死なせた原因は、自分にあると思い込んで何年も生きてきたんだ。
「でく助はやっぱり反則や……こちとら優しくされる事に慣れてへんわ」
久しぶりに毒舌モードのめいちょんが顔を覗かせる、
ただし、口調は優しいままだ。
「迎えに行くよ、めいちょん!」
「阿呆! その呼び方はおじいちゃんだけや」
その答えに苦笑しながら倒れたバイクを起こし、エンジンを掛ける。
聞かなくても彼女の居場所は分かる、
そう、具無理のマスターに頼まれた場所なんだ……
すっかり薄暗くなった山道をバイクで一気に駆け上がる。
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