君だけが使える魔法

 いつの間にか眠っていたらしい……

 目覚めた俺は周りを見渡して驚きを隠せなかった。


 萌衣ちゃんが居ない……

 広い草原の中央には俺達の乗ってきたバイク、テーブル、チェア類が、

 そのままの状態で置かれている。


 只一つ変わった事は、彼女の姿が忽然と消えてしまった……


「萌衣ちゃん!」

 思わず叫んでしまう、俺の声は空しく広場に響き渡った。


「何処に居るんだ……」

 俺の胸中に嫌な想いが湧き上がって来るのが感じられた……


 最悪の事態を考えてしまった、

 もう一度、丘の先端まで駆け戻り眼下を見下ろす、

 遙か足元に市街地が広がる、ここから足を滑らしたら只では済まない。


「!?」

 切り立った斜面の樹木に、見覚えのある物が引っかっている事に

 俺は気が付いた……

 萌衣ちゃんのバンダナだ、彼女が身に着けていた物に間違い無い。

 こめかみから脂汗が流れ落ちる、


「めいちゃん!!」

 あの海での最悪の情景が脳裏に激しくフラッシュバックする、

 荒れた海面で兄貴がボードにしがみつきながら、

 その場にそぐわない笑顔を俺に向けて浮かべる。

 何度、夢で見ただろう……

 後悔しても後悔しても、取り消せない俺のトラウマ。


「!!」

 声にならない叫びを上げながら、俺はバイクに飛び乗った、

 甲高いエキゾーストの金属音を上げながら強制空冷エンジンが吠える

 激しくリヤタイヤを左右に振りながら急発進をする。

 バイクの車体下に溶け込んだ影が幾重にも吸い込まれる情景を

 視界の隅で微かに捉える、


 途中でヘルメットのシールドが俺の激しい呼吸で曇り始めてしまう、

 メット前方にあるベンチレーターを開け、内側の曇りを取る事で視界を確保する。

 コーナーをクリアする度に、バンク角が足りない車体の

 何処かがアスファルトに接地して激しい音を立てる。

 何度、コーナーで転倒しかけただろう、その都度片足を出しながら、

 オフロードバイクような乗り方でバランスを取る、

 ギリギリの所で転ばずに居られたのは幸運だった……


 俺が到着したのは、あの丘から見下ろす真下の場所だ、

 丘から足を滑らし、滑落したならこの辺りのはずだ。

 バイクから降り、スタンドも掛けるのも忘れ走り出す、

 鈍い音を立てて、鉄の車体が俺の後方で倒れ込む。


「萌衣ちゃん!!」

 頼む、無事で居てくれ……


「萌衣!!」

 俺の叫びに誰も答えようとしない。

 思わずその場にへたり込んでしまう……

 彼女の事が頭に浮かんでくる、

 何故か笑顔でなく、狂犬モードの表情だ……


 萌衣、いつもの様に俺を罵ってくれないか?

 でくのぼうでも、でく助でも何でも良い、


「萌衣、何時もの様に俺を罵倒してくれ……」

 地面に膝を付き、無様に呟く俺、


 ヘルメットシールドの内側にポタポタと涙の滴が落ちる……


 その時、携帯の着信を知らせる音がヘルメットのインカムスピーカーに

 鳴り響いた……


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