背中越しにセンチメンタル

「この場所に来た時、俺だけの秘密の場所って言ったよね、

 それって本当の事じゃない?」

 丘の突端に立つ二人の間を、爽やかな風が抜けていく、


「ここは、でく助の大切な場所なんでしょ……」

 図星だった…… 彼女には隠し事は出来ないな、


「食事の時、俺が中学、高校と引きこもっていた話はしたよね、

 その理由を話したいんだ…… 

 あんなに大好きだった海から遠ざかった訳を」


 あの春の海で大切な人を失った事を彼女に告げた……

 失意のどん底だった俺に、親父はバイクに乗る事を勧めてくれた、

 多分、引きこもっていた俺を心配してくれたんだろう、

 最初は渋々だった俺も、久しぶりに風を切る感覚に魅了され始めたんだ……

 その中で偶然見つけたのがこの場所だった、

 何時間も芝生の上に寝転んで過ごしたっけ……

 少しずつ、俺の乾いた心に水が染みこむように何かか芽生えるを感じた、

 この丘が俺にとって大事な場所の一つになったんだ。


 俺の話を黙って聞いていた萌衣ちゃんの瞳から大粒の涙が溢れ始めた、


「ご、ごめん、大丈夫?」

 彼女を泣かせてしまった事に、おろおろと慌てふためく俺、


「ううん、大丈夫だよ! でく助、ちょっと後ろ向いてくれない……」

 涙を指で拭いながら萌衣ちゃんが、泣き笑いの様な微妙な表情になる。


 後ろを向く? 泣いている顔を見られたくないのかな……


 彼女に言われるままに後ろを向く、


「これでいい?」


 次の瞬間、背中にぬくもりを感じ、思わず息が止まる。

 彼女が俺を背中越しに抱きしめてくれたんだ……


「め、萌衣ちゃん……」


 心臓が早鐘の様に高鳴る、


「お願い、少しだけ、このままで居させて……」

 後ろから回した両腕に、キュッと力がこもるのが分かる、


「でく助はよく頑張ったんだね、すっごく偉いよ」

 彼女の暖かな感情が、俺に流れ込んでくるのが強く感じられた、

 思わず身体から力が抜け、芝生に膝を付く格好になる、


「いつもポカポカ叩いてゴメンね……」

 萌衣ちゃんが、倒れこんだ俺の頭を優しく撫でてくれる……


「何だか照れくさいな……」


「イイの! じっとしてなきゃダメだからね……」


 まるで子供の様に良い子良い子される俺、

 こんな風にされるのは本当に幼い頃以来だろう、

 普段なら恥ずかしいが、この場所では何故か素直になれる気がする……

 髪の毛を撫でる彼女の細い指先が心地よい、


 何時しか彼女に身を任せたまま、俺は眠り込んでしまったらしい。

 どれくらい時間が経ったのだろう……


「!?」

 目を覚ました俺は周りを見渡して驚いてしまった。



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