鷹は舞い降りた

「先を急ごう、早く見せたい場所があるんだ……」


 田園風景の続く一般道は道幅も細く、以前は地元民しか利用しない道だったが、

 最近は渋滞の発生する有料道路を避ける為、他県ナンバーの車も多い、

 どうやら車のナビゲーションに抜け道として紹介されているようだ。

 狭い道のセンターラインをはみ出してくる車も見受けられる、

 先程のような動物の飛び出しだけではないので、充分注意が必要だ。


 しばらくして一般道が有料道路の終点の道と合流する、

 この先は高低差のあるワインディングロードだ、

 一人のツーリングならカーブを楽しみたい所だが、

 今日は大事なパッセンジャーを乗せているので安全運転を心がける。

 山肌をくり抜いて作られた長いトンネルを抜けると景色が一変した、


 パノラマのように市街地が広がり、その先に海が見える、


「綺麗……」

 タンデムシートの萌衣ちゃんが感嘆の声をあげる、

 海まではまだまだ遠いが、この場所にいても海風に包まれている錯覚がする、

 ふと、バイクのメーターに取り付けられた時計に視線を落とす、

 時刻は正午近くだ、結構時間か経っている事に驚く、

 目的地まではもうすぐだが、その前に立ち寄りたい場所があるんだ。


 風光明媚なこの街は県内でも有数のリゾート地で、観光客も多いシーワールドや

 それを受け入れるホテルも立ち並ぶ、最近は都心からの移住者も多いと聞く。


 俺や天音も子供の頃、家族でシーワールドに行くのが楽しみだったっけ……

 イルカやシャチのショーは一見の価値がある程、子供から大人まで楽しめる、

 でも普通のデートでは無いので、休日の観光客で賑わう施設を横目に通り過ぎる。


「でく助君、お願いがあるの……」

 信号待ちで突然、マイク越しに声を掛けられた、


「ちょっと、この先に寄り道してくれないかな……」

 萌衣ちゃんに誘導され、ゆっくりと脇道に入る、

 そこは数軒の家が建ち並ぶ住宅地だった、


「ここで停まって……」

 一軒の家の前にバイクを停め、エンジンを切る。

 先にバイクを降りた彼女は、ぎこちない動作でヘルメットを外した、

 纏めあげられた髪の毛の先端がふわりと広がる、

 暫く、家を見上げたまま、無言で立ち尽くす彼女、

 何故だか、その後ろ姿に俺は声を掛ける事が出来なかった、


「全然、変わってないんだな……」

 彼女がポツリと呟いた。


「よし! 行こうか、でく助君」

 彼女がくるりと踵を返しながら俺に微笑みかけた、


 何も聞かず、バイクを再スタートさせる、

 萌衣ちゃんはあの場所で何を想っていたんだろうか?

 それは今の自分には窺い知れないが、今日これからの行動が、

 彼女に取ってプラスになるんだろうか……

 自問自答しながらバイクを走らせる。


 市街地を抜け、菜の花に彩られた国道を右折する、

 緩やかなスロープが続く、道の両側には別荘が建ちんでいる、

 この道は昔は林道だったそうだ、現在は舗装された生活道路だ、

 しばらく走るが車とは一台もすれ違わない、

 別荘に来る車以外は滅多に入ってこないんだろう、

 都会の喧噪を離れ、週末はここで過ごす都会人も多いのかなと、

 ぼんやりと推測する。


 この辺りまで来ると別荘もまばらになり、周りの景色も代わり映えしない、

 左右の雑木林が続く、後ろの萌衣ちゃんも何だか不安げだ、


「でく助ぇ……」


「んっ…… 何?」


「一体、何処に向かってるの?」


「もう少しだから我慢してね……」


 俺の記憶ならもうすぐだ、

 ほら、あの赤い旗が目印だっけ、

 向かって右手の視界が一気に広ける、


「わぁ!」

 萌衣ちゃんが感動で息を呑むのが感じられた。

 緑の絨毯のような芝生に覆われたその丘は、先程の市街地を一望しながら

 海を見下ろす、何度来ても見事な景色だ。


 その丘の中央に芝生の切れた場所があり、そこにバイクを停める。

 バイクを降りても景色に見とれる萌衣ちゃん、


「でく助、この場所は?」


「俺だけの秘密の場所……」

 おどける俺に、いつもなら激しいツッコミが入る所だろうが、

 今の彼女は景色に夢中で、それすら忘れているようだ。


「なんつって、俺だけのは言い過ぎか……

 以前はヘリの発着場だったみたいだよ」

 中央はヘリが降りる為、芝生が円形に無いのはその為だ、


「何だ、勘違いしちゃった……」

 彼女がいたずらっぽく笑い転げる、

 萌衣ちゃんの笑いの意味が分からず、キョトンとする。


「人里離れた場所に、私を連れ込んで何するのかと心配だったの……」


「えっ! 連れ込むって?」


「萌衣が魅力的だから、でく助に襲われるかと心配しちゃった……」


 だから彼女はあんなに不安がっていたんだな、

 思い返して思わず吹き出してしまう。


「でく助に犯されるっ!って」

 おどける彼女、


「誰が犯すか!」

 その様子を見て思わずツッコミを入れる俺、


 彼女の元気が出て来たみたいで少し安心した……


「さて、冗談はこれ位にして、準備しなきゃ」


「準備って何?」


「まあ、お姫さまは座って待っててよ」


 バイクのパッキングを解き、手際よく道具を並べ始める、

 まずは今日の主役の為に椅子を組み立てる。


 コンパクトなチェアのアルミ製のフレームを広げ、

 座面になるシートを差し込む、

 有名なブランドのコピー品だが座り心地は抜群だ。


 萌衣ちゃんが広げた椅子に腰掛ける、身体の重みでフレームが軋むが頑丈だ、

 背中からお尻に掛けてハンモックのように身体を支えてくれる。


「わぁ、気持ちいい!」

 子供のようにはしゃぐ彼女、次の瞬間、ぐうっ、と萌衣ちゃんのお腹が鳴る、


 腹の虫に恥ずかしそうに赤くなる彼女、


「お腹空いたでしょ? もう少し待っててね!」

 待ってましたとばかり彼女に声を掛ける、


 バイクの大荷物はこの為なんだから。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る