アコースティックノート

「一体、何処に行くの?」

 俺のヘルメットのスピーカーに彼女の問いかけが流れ込む、


「後のお楽しみって言ったよね!」

 インカムのマイクに向かって、わざと軽薄な言い回しをしてみる。


「!!」

 次の瞬間、俺のヘルメットに鈍い衝撃が走る……

 無言で萌衣ちゃんに頭を叩かれたんだ、

 勿論ヘルメット越しなので痛くはないが、彼女には安全の為に

 固いプロテクター付きのグローブを付けて貰っているので、

 結構な衝撃が伝わってくる、


「ふざけんな、でく助の馬鹿!」

 そのままポカポカ殴られる俺、

 シールド越しに苦笑する、先が思いやられるかも……


 俺達、二人を乗せたおんぼろバイクは快調に進む。

 俺達の住む街から郊外に向かうルートは、平日はダンプが多く、

 重量のある車両が往来する為、アスファルトが歪んで

 轍が出来てしまい、バイクでは気を付けないとハンドルを取られてしまう、

 更に今日はタンデムの上、積載物も満載なので神経を使う。


 今日の目的地には、この先の有料道路を使えば早いが、

 敢えて一般道を選択する、今は彼女に言えないが重要な意味があるんだ、


 昔は一般道しか無く、有料道路は後に、この辺りの山を縦断する様に

 開通されたルートだ、その為、結構鹿や猪が道を横断しているので、

 動物が絡んだ事故も多い、

 まあ、動物のテリトリーを荒らしているのは人間なので、

 彼ら動物にとってはいい迷惑だろう……


 そんなことを考えながらブラインドカーブに差し掛かると、

 突然、道の端から猿が飛び出してきた、


「危ない!」

 タンデムシートの萌衣ちゃんが叫ぶ、

 咄嗟にリヤブレーキを強めに掛ける、

 コーナーの最中にフロントブレーキを強く掛けるのは

 転倒のリスクが高い、当て舵のように車体が起き上がる、

 車体はきついカーブに沿って傾いていたが、

 何とか、猿との衝突は免れた……


 路肩に車体を滑り込ませる、


「は~~ ビックリした……」

 萌衣ちゃんの驚きが、密着した身体からこちらにも伝わってくる、


「萌衣ちゃん、大丈夫?」


「うん! お猿さん、無事で良かった……」


 危うく、人身事故ならぬ、獣身事故になる所だった、

 当の猿と言えば、のんきな顔で道に座り込んでいる、


「お猿さん、このままじゃ危ないよ……」

 萌衣ちゃんが心配そうな声を漏らす、


「よし、悪いけど退いて貰おう」


 猿に向かってバイクのクラクションを鳴らす、

 その音に驚いた猿は、脇の雑木林に姿を消した。

 餌を求めて動物が人里に降りてきて、畑の農作物の被害も多いと聞くが、

 車だったら避けられなかったかもしれない……

 今更ながら、背筋に冷たい物が流れる、


「あのね……」

 黙り込む俺に萌衣ちゃんが声を掛けてくる、


「でく助、偉かったよ!」


「えっ? 何で、君を危ない目に遭わせそうだったのに……」

 彼女の言っている意味が分からなかった、俺の何が偉いんだ、


「ううん、偉いよ、一生懸命、お猿さんと萌衣を守ろうとしてくれたから」

 萌衣ちゃんが言葉を続ける、


「昔ね、お父さんとお母さんに幸せになる秘訣を教えて貰ったんだ……

 一日の中で良かった探しをする事なんだって」

 自分が原因で亡くなったと告白していた彼女の両親の事だ、


「人間って感情に左右されるでしょ、私も結構ネガティブに考えちゃうの、

 子供の頃からそうなんだ、小さな事でくよくよ悩んじゃう……」


 今の彼女からは想像が出来ない、萌衣ちゃんは、あの毒舌を除けば、

 陰キャな俺からみたら、太陽のような存在だと思っていた。


「悪い出来事でも、心の中でプラスに考えてみなさいって、

 減点じゃなく加点に切り替えるだけで人生楽しくなるから、

 今の出来事だって、でく助は一生懸命バイクを操作して、

 私の為に最善を尽くしてくれたから……」


 普段の萌衣ちゃんの明るさの理由が分かった気がした、

 彼女は俺なんかより辛い経験に遭いながらも、

 日々の中で良かった探しをして、今まで耐えてきたんだ、

 突然、具無理のマスターの言葉が脳裏に蘇ってきた。


「萌衣をある場所に連れ出して欲しい……」


 マスターの言葉の意味をその瞬間、理解出来た、


「萌衣ちゃん!」


「何?」

 俺の言葉のトーンに思わず驚く彼女、


「先を急ごう、早く見せたい場所があるんだ……」


 彼女の新たな一面を聞けた事が俺にとって、

 今日一個目の良かった探しと思うと何だか嬉しくなった、

 胸の中に暖かな感情が広がるのが分かった、

 自分でも驚くが、これが加点法の効果なんだ、

 思わず、彼女に話したくなったが、

 だけど、照れくさいから今は黙っておこう……


 今日の目的地に向かい、バイクを急がせる。

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