ハートは射抜かれた

朝食を終え、着替えに部屋に戻る萌衣ちゃんを尻目に、

俺は先に出発の準備をする、

具無理には二階の住居スペースから直接表に出られる外階段があり、

バイクを置いた駐車場にはそちらの方が近道だと、萌衣ちゃんが教えてくれた。


結構古い建物を改築しているので、外階段は錆び付いており、

足場が抜けそうな所もあるので、慎重に降りないとダメだよと言われた。


陽射しが眩しい、彼女を連れ出すには絶好の天気だ、


「明日、萌衣を、ある場所に連れ出して欲しい……」

具無理のマスターの言葉が蘇る。


それにはちょっとした準備が必要だ、

いやちょっとした魔法かな……


俺はバイクに跨がり、エンジンをスタートさせる。

準備を済ませ、具無理の駐車場にバイクを滑り込ませる、


「遅い! アホンダラ、レディをどんだけ待たせるんや」

既に着替えを済ました萌衣ちゃんが駐車場で待ちくたびれている。

彼女の服装はバイクで出掛けると伝えてあったので、

いつものスカートでは無く、デニムのジーンズを穿いている。


「ゴメン、ゴメン、どうしても用意しておきたい物があってね」

バイクの後部を指さしながら、萌衣ちゃんに謝る。


「その大荷物は何なんや?」


「まあ、後でのお楽しみにしておいて」


萌衣ちゃんが訝しがるのも無理はない、

俺の愛車、ベスパモドキ号の出で立ちは、後部キャリア左右のサイドバック、

大型のフロントバッグ、リアセンタートランクと積載フル装備になっているからだ。


親父のバイク道楽パーツがここでも役に立った、

ありがとう、親父!感謝してるよ。


「さあ! お嬢様、どうぞお乗りください……」


先程のレディ発言に掛けて、タンデム用のヘルメットを

差し出しながら萌衣ちゃんを促す、

罵声を浴びせられるのを一瞬、覚悟したが、

彼女は予想外の反応を見せた。


「でく助、今日はよろしく頼む……」

深々とお辞儀をする萌衣ちゃん、

あれ? 調子に乗りすぎた俺は怒鳴り散らされると思っていた、


驚く俺に向かって、萌衣ちゃんは頬笑みを浮かべながらこう言った。


「お返しって言ったでしょ、萌衣を守ってくれたお礼……」


俺が手渡したフルフェイス型のヘルメットを被る彼女、

スモークシールドで萌衣ちゃんの表情が見えなくなる。


右手の人差し指と親指でピストルの形を作り、

真っ直ぐ俺に向け、バン!と撃ち抜いたジェスチャーをする彼女、


「今日は一日、君の言うことに従うよ……」

ヘルメット越しの表情は見えないが、多分真っ赤に照れているのが分かる。


一体、どっちが本当の彼女なんだろうか?

魔法を掛けられたのは俺かもしれない……



そんなことを考えながら、インカムマイクの電源を入れ、

後部座席の彼女を気使いながら、ゆっくりバイクをスタートさせた。

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