我楽多屋 具無理にようこそ 一
あの衝撃の一夜が明けた……
「ダンスを舐めんな、アホンダラ! 十年早いんじゃ! ボケ!」
あのかわいい萌衣ちゃんの口から、飛び出した毒舌の数々、
余りのショックに、俺はその後の記憶が余り無く、家に帰り着いてから、
天音に心配される位、何十時間も眠りこけてしまった。
深い眠りを妨げる様な、無粋な携帯の着信音……
「何だよ…… うるさいな、」
無視して惰眠をむさぼろうとする俺、布団を目深に被り、しばらく無視する。
それでも鳴り止まない携帯、
根負けして電話に出る……
「よお、宣人君、バイトしない?」
具無理のマスターだ、萌衣ちゃんの件もあり、飛び起きて何故か正座になる俺、
「はっ、はい! バイトですか?」
「うん、バイト、こういう事、宣人君にしか頼めなくてさ……
とにかく、お店に来てよ」
お世話になっているマスターの頼みだ、断る訳にはいかない、
快諾して電話を切る、身支度を調え、一階に降りると、天音や親父は居ない、
時計を見ると土曜日のお昼前だ、こんなに寝てしまっていたんだ……
乱れた髪を急いで整え、食事も取らずにバイクをガレージから出す。
あのさよりちゃん救出作戦の時以来、乗っていなかったバイクは
おむずがりでエンジン始動に手間取ったが、季節は春から、
初夏のにおいが漂う暖かさの為、スパークプラグを外して
整備する程ではなかった。
フルフェイスヘルメットからジェットタイプに替えても、
違和感が無いくらい、季節が変わるのが感じられた。
俺の家から具無理までバイクで十五分位で到着する距離だ、
エンジンが暖まり、本調子になる前に店に着いてしまった……
具無理の駐車場の一画にバイクを滑り込ませる、
一体、何のバイトなんだろう……
具無理の駐車場はバックヤードの前に有り、休日の土曜日なので
他県ナンバーの車で既に満車状態だ。
真菜先輩が言っていた事を思い出した、仕入れの後の休日は
出物を求めた常連客でごった返すって……
店の入り口に向かい、狸の置物の開店ボードを横目に、
ガラリと引き戸を開けて入店する。
既に常連さんで店は満員御礼状態だ。
以前より更に物が増えてカオスになっている気がする、
前回来たときにはなかった明治時代の着物が入り口付近に積み上げられている、
その横には昭和のヌードグラビアが飾られている、と同時にプロ野球カードや、
一世を風靡したスーパーカーのクジが束になって吊されたカウンター、
昭和のアイドルだろうか? ブロマイドから微笑みかける、
何回かお邪魔して慣れて来たが、このナチュラルなタイムスリップ感は
変わらない……
「よお、宣人君、良く来てくれた!」
店の奥から具無理のマスターが声を掛けてくれる、
「マスター、バイトって一体何ですか?」
「うん、君にしか頼めないんだよ、店番をして欲しいんだ」
「えっ! 店番ですか…… この俺が?」
突然の申し出に戸惑う、マスターは何で俺に頼むんだろう……
「古物商組合の会合が今晩有ってさ、どうしても役員なので出席しないと
ダメなんだ……」
「普通だったら、店を閉めるんだけど、今回は大きな仕入れの後だから、
常連さんの為に店を開けなきゃならなくってさ」
そうか、だから俺に店番を。
「でも俺、何も商売のこと分かりませんよ」
所狭しと、常連のお客さんが行き交う店内を見回し、不安になる俺。
「大丈夫、大丈夫、一人でやらせないって、もう一人頼りになるのがいるから」
えっ? もう一人店員さんがいるなら心強いかも。
「おーい、降りてきて挨拶しな」
具無理のマスターがカウンター奥の住居スペースの二階に声を掛ける。
トントントン、階段を降りてくる軽やかな足音、
懐かしいすだれの暖簾を片手でくぐり、姿を現した人物を見て俺は絶句した、
「おじいちゃん! バイトの人来て……」
暖簾越しに俺の顔を見て、その相手も同じく絶句した、
あの二重人格の狂犬娘、萌衣ちょんが立ちすくんでいたんだ……
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