めいちょんの羊
「おじいちゃん! 」
南女ダンス部の部長、萌衣ちゃんが俺達のテーブルに向かって
手を振りながら駆け寄ってくる、
おじいちゃん? 俺達のテーブルには歴史研究会の部員しか居ないぞ、
戸惑う俺達のテーブルを通り過ぎる萌衣ちゃん、
「おう、めいちょん、お帰り……」
「もう! おじいちゃん、その呼び方やめて、恥ずかしいから……」
照れながら屈託なく笑う萌衣ちゃん、おじいちゃんと呼ばれたのは、
何と具無理のマスター!? 萌衣ちゃんのおじいちゃんなの?
茫然と見守る俺達に気が付き、マスターがこちらに向き直る、
「ごめん ごめん、野暮用ってのはこう言う事なんだ、宣人君、
紹介するよ、俺の孫娘、萌衣ちょん」
「やめてって言ったでしょ! 子供の頃のあだ名で呼ぶの」
ポカポカとマスターの背中を軽く叩く萌衣ちゃん……
見かけ通り、照れる動作も可愛らしいんだな。
見とれる俺に気が付き、照れ隠しなのか、ペロッと舌を出して微笑みかけてくれる、
マスターにこんな可愛いいお孫さんが居たなんて驚きだ、
「あらためてご挨拶します、南女ダンス部、部長、古野谷萌衣です!
よろしくお願いします」
深々と頭を下げる彼女、その隣で柚希が合わせてペコリと会釈をする、
何故か彼女は無言のままだ……
「こちらこそ、よろしくお願いします、中総高校 歴史研究会、
部長の朝霞真菜です!」
真菜先輩が前に出て、握手を交わす。
「皆さんの事はおじいちゃんから聞いていますわ、土偶男子フェスの
トーナメントにも参加されるようで……」
にこやかに微笑む萌衣ちゃんの瞳に一瞬、暗い影が浮かんだのは
俺の気のせいだろうか?
そんなはずないよな、こんなに礼儀正しい娘なんだから……
「そうなんですよ、歴史研究会の皆さんでエントリーしているんです!」
真菜先輩も笑顔で答える、
「でも何で歴史研究会なのに、パフォーマンスを競う大会に
エントリーなさるんですか?」
「そ、それは……」
返答に困る真菜先輩、
「猪野天音ちゃんの発案なんだよ! 土偶男子ファンが高じて、
男装女子になってまでパフォーマンスするの」
弥生ちゃんが横から助け船を出す。
「猪野、あまね?」
小さい呟きに気が付いたのは俺だけみたいだ……
萌衣ちゃんの、にこやかな表情が固まった、
でも、すぐに先程までの笑顔に戻り、
「そうなんですか、ユニークな参加動機ですね!」
和やかな雰囲気になる一同、
隣の柚希は全く表情を変えないままだ。
でも良かった、同じトーナメントに出るから、ライバル視してくるかと
身構えたが、萌衣ちゃんがフレンドリーで良かった。
「そうそう、萌衣、おつかいを頼まれてくれないか?
俺はもう、一杯やって出来上がっているから、
一階のフロントに本多会長に頼まれた骨董品を預けてあるんだ、
取ってきてくれないか」
マスターの依頼に、萌衣ちゃんは嫌な顔もせず、
「はーい、大丈夫だよ、おじいちゃん!」
本当におじいちゃん想いの良い娘なんだな……
「あっ! 俺も一緒に手伝いますよ、マスター」
思わず申し出てしまう、
「そうか、結構重いから、男手があると助かるよ。宣人君」
メインホールを後にする俺達二人、
エレベーターホール前まで来て、無言で乗り込む。
萌衣ちゃんは俺に背中を向けて、階を示す表示盤を見上げている、
何か、話さなきゃ……
こんな素敵な娘と狭いエレベーターで二人っきりなんて
何だかドキドキしてしまう、
「あ、あっ、でも同じ大会に参加するなんて、本当に奇遇だね!」
精一杯、イケメン風で語りかけたつもりだった……
「……」
萌衣ちゃんは無言のままだ、
「あの……?」
「よくもまあ、ド素人が参加するって笑わせんな……」
えっ! 何、俺の耳がおかしくなったの?
「ダンスを舐めんな、アホンダラ! 十年早いんじゃ! ボケ!」
間違いない、あの可憐な萌衣ちゃんの口から、こんな罵詈雑言が出てる、
「えっ? 萌衣ちゃん……」
「気安く呼ぶな、ドサンピン!」
怒髪天を突くとはこういう事を言うんだな……
ゆっくりとこちらを振り返った萌衣ちゃん、いや萌衣様は
怒りのオーラ全開の形相で俺を睨み付ける。
彼女の後ろに怒りの仁王様が立ち上るのが、俺の脳内イメージで見えたんだ。
狭い空間で、逃げ場も無い、後ずさりする俺の背中にエレベーターのドアが、
無情にぶつかる……
「チーン!」
殺されると思った次の瞬間、フロントのある一階に到着した。
萌衣ちゃんは一瞬で元の可憐な笑顔に戻り、スタスタと歩み去り、
フロントに声を掛けた。
「あのう、我楽多屋 具無理なんですけどぉ、荷物を預けているんですが……」
愛らしい笑顔で、フロントマンに語りかける萌衣ちゃん。
さっきの鬼の形相は、俺の見た悪夢なんだろうか?
余りの驚きに、さっさとエレベーターに乗りこみ、立ち去る彼女を
茫然と見つめる事しかできなかった……
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