悪魔になれない

「歴史研究会の諸君、至急メインホールに集合してくれ! 」


 俺はコントロールルームでの本多会長との会話を思い出した……


 確か食事の後、ちょっとした趣向を用意してあると言ってたっけ、

 それと関係のあることだろうか?


 急いで身支度を整え、メインホールに向かう。

 メインホールには一度、ホテルのロビーを通らないといけない、

 普段は宿泊客で賑わうロビーも、今日は貸し切りの為、

 人影もまばらだ。


「おーい、猪野!」

 俺を呼ぶ声は…… 

 顧問の八代先生と、もう一人居るぞ?


「!!」

 俺は思わず、驚きの声を上げてしまった、


「よお、宣人君……」


 柔和な笑みを浮かべながら、サーファー特有のハンドサインで挨拶するのは

 具無理のマスターだ!


「マスター、どうしてここに居るんですか? 」


「ちょっと野暮用でね、それより体のほうは大丈夫なのかい? 」


「心配掛けてすみません、もう大丈夫です」

 そうか、顧問の八代先生が伝えてくれたんだな、

 皆に心配を掛けてしまった……


「マスター、お久しぶりです!」

 真菜先輩がマスターの元に駆け寄る。


「おお、真菜ちゃん 今日も相変わらず綺麗だね……」


「もう! 何も出ませんよ」

 屈託なく笑いながら真菜先輩がマスターに切り返す。

 真菜先輩って、こんな子供みたいな笑顔も見せるんだな……

 気の置けない相手なんだな、具無理のマスターは、

 あっ、そう言えばもう一人居るって真菜先輩は言っていたっけ……

 幼なじみの書道部の部長さんが気の置けない親友だって。


「猪野、部員は全員揃っているか? 」

 八代先生の言葉に本題を思い出す、メインホールに急ごう。


 メインホールは大宴会場も兼ねており、こちらも普段は宿泊客で

 満杯のはずだが、今日は中総高校の関係者のみになるので、

 席はステージ前に集められており、

 ホテルのスタッフが整然と食事の用意を調えている。


 俺達は主賓なので最前列の特等席に案内される、

 このスパリゾートでは定期的にダンスショーが開催されており、

 そのショーを目当てに国内外から観光客が殺到し、

 観光のハイシーズンでは予約が取りずらいそうだ、

 これも弥生ちゃんの受け売りだか……


 本多会長の言う余興とはダンスショーの事だろうか?



 次の瞬間、大音量の音楽が俺の思考をかき消す、


 音楽と共にメインステージの緞帳がゆっくりと上がる、

 何が始まるんだ? テーブルに料理が運ばれるのも気が付かない程、

 俺は何故か動揺していた……


「ようこそ、歴史研究会の諸君! 今日は楽しんでくれているかね? 」

 本多会長のアナウンスが音楽に被さる。


「お楽しみはこれからだ! 本日のゲストにお越し頂いている」


 本日のゲスト? 一体誰なんだ。


 緞帳が上がりきったステージにはまだ暗く、こちらからは良く見えない。


 次の瞬間、俺の動揺の意味が理解出来た……

 この音楽に聞き覚えがある! 

 イントロは緩やかだか、このベースラインには聞き覚え、いや耳覚えがある。

 原曲にはここで印象的なエレキギターのリフが繰り返されるんだ。

 目が慣れてきて、暗いステージ奥に並んだオーケストラが見えた。

 ステージも生演奏か、本多会長のこだわりが伺えた。


 一瞬の静寂の後、美しいピアノの旋律が流れる、


「お兄ちゃん、この曲は? 」

 隣に座る天音も気が付いたみたいだ……


 思わず席から身を乗り出してしまう、胸の高揚が押さえられない……


 暫く続くピアノの伴奏にバイオリンが重なる……

 と思いきや、

 一気に曲が転調し、凶暴なディストーションの響きがキャビネットを揺らす。

 ステージにスモークが焚かれ、一瞬何も見えなくなる……

 スモークに幾重にもスポットライトが当たる。

 一体何が始まるんだ、固唾を呑んで見守るしかない……


 舞台中央が迫り上がり、スモークでまだ良く見えないが、

 舞台装置の上に小柄な少女が立っていた……

 白い着物のような衣装を纏う少女に、昏睡以上の衝撃を受けた気がしたんだ。

 その少女にも俺は見覚えがあった……


「柚希! 何故お前が……」



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