君がいた夏

 医務室の前で、複数の足音が止まるのが聞こえた。

 一体、誰なんだろう? 一気に身構えてしまう……

 ドアが激しくノックされ、用心深くドア越しの人物に向けて答える。


「はい、何のご用ですか?」


「…… 」

 返事が返ってこない……

 相手の行動が読めない内に、迂闊には動けない、


 もう一度、強い口調で声を掛ける。


「何が目的だ、質問に答えろ! 」


 ベットに伏せった俺と女の子二人では多勢に無勢だ、

 どうする? 

 天音と弥生ちゃんに気付かれないように、ズキズキと痛む身体に

 静かに気を漲らせる……


 次の瞬間、ドアが激しく開け放たれ、外敵が乱入してくる。


 と思いきや、


 入っていた面々を見て思わず、身構えていた身体の強ばりが消えていった。


「真菜先輩…… それにみんな!」

 勢いよく医務室に入ってきたのは、歴史研究会のメンバーだった……


「猪野君、無事で良かった…… 本多会長から呼ばれて駆けつけたんだけど、

 かなり危ない状況だって聞いたから」


 青ざめた表情の真菜先輩、そしてお麻理、花井姉妹が心配そうに俺の側に駆け寄る。


 お麻理は俺の顔を見た途端、全身の力が抜けたようにその場に崩れ落ちそうになる、

 慌てて、彼女を抱きとめる。


「お麻理、しっかりしろ! 」


「宣人…… 大丈夫なの? 」


 紙の様に白い顔色、俺の無事を見て、張り詰めていた気持ちが途切れたようだ。


「ああ、心配掛けて悪かったな…… お麻理」


「無事で良かった…… 」


 お麻理が俺の胸に顔を埋めながら、泣きじゃくるのが薄いシャツ越しに感じられた、


「平気、平気! 俺はこんな事じゃくたばらないよ…… 」


 お麻理を安心させようと軽口を叩く、


「馬鹿、こんなに心配させといてふざけんな! 」


 お麻理がいつもの様に俺の頭を張り倒そうとする。

 身構えて、お麻理の鉄拳を甘んじて受けようとする……


 んっ? 何時まで待っても、キツい一発が来ない、


 おそるおそる薄目を開けると、お麻理が俺を真剣に見据えながら

 振り上げた掌をそっと俺の頭に置いて、慈しむような仕草をしたんだ、

 俺の髪の毛をくしゃくしゃにしながら撫で回す……


「お麻理? 」


「本当に、子供の頃から自分勝手なんだから……

 どれだけ心配してきたか、宣人には分かんないんだよ! 」


「お麻理、本当に心配掛けてゴメンな…… 」


 ほっ、としたように周りのみんなが俺達二人を見守る。


 俺は戻ってこれた、大切な人の元に。


 不意に、あの暗闇で見た母親の言葉が脳裏に蘇った、


(あなたを必要とする人の為にもう少し頑張ってね)


 俺は歴史研究会に必要なんだろうか?


 天音の目指す大会での優勝が、一番の目標?


 いや違う、そんな表面上の成果だけじゃない気がする。


 母親の言った意味は別の答えが有りそうだ……

 俺の中で何かが芽生え始めるのが強く感じられた。


 そんな俺の想いは、急な館内アナウンスで断ち切られてしまった、


「歴史研究会の諸君、至急メインホールに集合してくれ! 」


 本多会長の声だ!


 一体、何が始まるんだ……

 何だか、嫌な胸騒ぎがする。


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