まだ手探りしている天使

「お兄ちゃん! 私が分かる? 天音だよ…… 」


 俺の顔を覗き込みながら、天音が心配そうな面持ちで問いかけてくる。

 天音の肩越しに、肩を震わせながら激しく嗚咽する弥生ちゃんの姿、


「弥生ちゃん、泣かないで…… 俺は大丈夫だよ」

 彼女に元気な姿を見せようと、半身を勢いよく起こそうとするが、

 次の瞬間、激しい頭痛に襲われ、片手で額を押さえながら、

 痛みに顔を歪めてしまう……


「先輩!! 」

 それまで泣きじゃくっていた弥生ちゃんが、俺の側に駆け寄ってくれ、

 俺の肩に両腕を回し、一生懸命に俺を起こそうと介助してくれる。

 俺の首筋に彼女の腕の柔らかさと共に暖かさが伝わってくる……

 必死な彼女の表情に、不思議と痛みが和らいでくる気がする。


「私のせいでこんな事になってしまって、本当にごめんなさい…… 」

 弥生ちゃんが消え入りそうな声で、また泣きそうな表情になる、


「俺は病室で倒れた後、どうしちまったんだ? 」


「お兄ちゃんは転んだ時、打ち所が悪くて、しばらく意識が戻らなかったんだよ」

 涙目になる弥生ちゃんの代わりに、天音が教えてくれた、


「このまま、本当に意識が戻らない場合もあるって、お医者さんにも言われて、

 最悪の事まで考えたんだよ…… 」


 天音の頬にも泣きはらした涙の跡が見て取れた、

 本当に心配を掛けてしまったようだ……


「天音…… 俺、意識を失っている間、ある人に会ったんだ」


「えっ、誰に会ったの? 」


 そこまで言いかけて、本当の母親に会った事を天音に話すのを躊躇してしまった、

 親父が天音の母親、冴子さんと再婚してから、何となく本当の母親の事を

 口にするのは自分の中で、タブーと思っていたんだ……

 親父と冴子さんを悲しませる気がして、子供心にも禁句としていた。


 勿論、天音にも本当の母親の事を詳しく話した事はなかった、


 理由を言いよどむ俺に、天音が驚くセリフを口にした。


「お兄ちゃんの本当のお母さんに会えたんだね…… 」

 天音が穏やかな眼差しで、俺に語りかける、


「天音、どうして分かったんだ? 」

 驚きを隠せない俺に、微笑みながら天音が答える、


「僕も、本当に困った時、いつも亡くなったお父さんが夢に出て来て、

 励ましてくれるんだ…… 」


 天音の本当の父親の件は初耳だった……

 亡くなっていた事も知らなかったし、親父との再婚前の事は聞かされていない、


「だから、お兄ちゃんを救ってくれたのも、本当のお母さんじゃないかなって」

 俺だけじゃなかったんだ…… かけがえのない人を失っていたのは、

 今まで、そんな弱さを天音は見せた事がなかった、子供の頃も、

 成長してからも、俺や親父に一言も言わなかった。


「天音、どうしてその事をはなしてくれなかったんだ、

 本当のお父さんが亡くなった事を…… 」

 思わず、聞き返してしまう。


「だって僕には素敵な誠治パパがいるから…… 」

 おどけながら話す天音、

 その言葉を親父が聞いたら泣いて喜ぶだろう、

 何せ、天音の事を溺愛しているからな。


 俺は安心して、意識を失っている不思議な空間で、

 母親と会えた一部始終を二人に話した、


「本当に不思議で、素敵な事ってあるんですね! 」

 元気を取り戻した弥生ちゃんが大きな瞳を輝かせる、

 二人とも信じてくれたみたいだ、夢や幻と言われても仕方の無い話なのに、


「お兄ちゃん、僕も勿論信じる、奇跡って結構身近にあるんだよ 」


 よりいっそう天音や弥生ちゃんが愛おしく身近に感じた。


「天音、弥生ちゃん、心配してくれてありがとう、

 俺はこんな事では死なないよ……」

 何だか嬉しくなり、調子に乗る俺、


「お兄ちゃん、格好付けても駄目なんだからね、僕知ってるよ!

 裸の弥生ちゃんに抱きついた所を、突き飛ばされて死にかけたんだから…… 」


「天音ちゃん、それは言っちゃダメ!!」

 弥生ちゃんが真っ赤になり、抗議しながら天音に詰め寄る、

 それを見ながら自然に笑いがこみ上げてくる、生きてるからこそ、

 感じられる素敵な感情だ…… 


 病室に三人の明るい笑い声が溢れる。


 次の瞬間、ドア越しの廊下が騒がしくなる、

 ドタドタと複数の急ぐ足音が廊下に響きわたった……

 一体誰なんだろう? 病室のドアの前で複数の足音が止まった。

 俺達も身構えてしまう……


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