ドリームチャイルド
「せ…… 」
誰か呼びかけている気がする……
まあ、いいや…… もう少し寝ていたい、
何だかフワフワした気分に包まれている、
子供の頃、父親と一緒に車で出掛けて家族で外食をするのが、
週末の最高の楽しみだったっけ……
家に帰る車の後部座席で、心地よい振動に揺られて、
いつの間にか眠ってしまった時みたいだ。
信号待ちで俺を振り返り、満足そうに眼を細めて微笑む親父、
楽しい時間が何時までも続いて欲しくて、何とか起きようとするが、
お腹一杯になった子供の俺は、強い睡魔に抗えない……
フロントウィンドウ越しの信号機が滲んで見える、
俺はゆっくりと瞼を閉じ、深い眠りの中に沈み込んでいく……
「宣人…… 起きなさい!」
暗く沈殿した脳裏に、強く語りかけられる、
女性の声だ、誰だ? 天音じゃない……
重い瞼を何とかこじ開けて声の方向を見るが、ぼやけて良く姿が見えない、
「誰…… 」
「宣人、あなたはまだ眠っては駄目なの……
あなたを必要とする人の為にもう少し頑張ってね」
ゆっくりと、そしてやさしく語りかける言葉に、俺は何故か聞き覚えがあった……
次の瞬間、俺は自分で驚いた事に号泣していた……
圧倒的な懐かしさに胸の真ん中が締め付けられる、
俺は母親の顔を知らない…… いや正確には写真では知っているが、
俺の実の母親は赤ん坊の俺を産んだ後、数年後に亡くなったそうだ。
俺は記憶の中で母親の記憶は、ほぼ無いと思っていた……
でも、今聞こえている声は間違いなく母だ、俺の中で確信があった。
「おかあさん……」
ボロボロに泣きながら母親に答える。
「やっと逢えた…… お母さん、僕に会いにきてくれたの? 」
しゃくり上げながらも、声を何とか絞り出す、
母の居るであろう方向を見据える、淡い光の中に次第に鮮明になるシルエット、
写真で見るより数段綺麗な母が、微笑みを浮かべながら立っていた……
「宣人 寂しい想いをさせてごめんなさい、
あなたとお父さんをずっと見守っていたわ…… 」
「お母さん、僕はこれからどうしたら良いか分からないんだ、
子供の頃のままで止まっている気がする……
ずっと胸の中で引っ掛かっていたんだ、虚勢を張って強がって、
本当の自分は今でも弱虫なんだ…… 」
誰にも言えなかった事を初めて話した、これは俺の見た幻影かもしれないと
薄々感じながらも……
だけど、次の瞬間、その考えが間違いだと気が付いた、
母親がそっと、俺の頭に手を置いて優しく撫でてくれたんだ。
今まで受けたことの無い、慈しみの気持ちが母の掌から伝わってくる……
「宣人、あなたは良く頑張っているわ、そして周りのみんなから、
支えられているの、今までも…… これからも…… 」
その言葉を聞いた時、何か腑に落ちた気がした、
めまぐるしく記憶が走馬灯の逆再生の様に脳裏を駆け巡った
今まで、人に頼るのは子供の頃から苦手な俺だった……
何でも自分一人で解決したかったのは、裏切られるのが怖かったんだ……
でも俺一人では何も出来ていなかった、誰かの支えがあったから
今まで無事に生きて来れたんだ。
俺がこの場に存在出来ているのも、父と母が出会い、恋に落ちたから、
俺を産んで母は亡くなったが、想いは生きている……
そして天音やみんなとの出会いも偶然じゃなく必然だ、
全て奇跡みたいな事なんだと理解した時、すっ、と母親のシルエットが
薄くなった。
「良かった、宣人と逢えて、誠治さんにもよろしくね 」
少しお茶目な笑顔を見せながら母は消えていった……
「お母さん! まだ話したいことがあるんだ! 」
俺は母親のいなくなった虚空に向かって叫んでいた。
その時、誰か別の声が聞こえてきた……
「お兄ちゃん! しっかりして」
「先輩、猪野先輩! 起きてください」
実は俺はまだ目覚めていなかったようだ……
必死で呼びかける声に揺り起こされた。
眼を開けるとベットに横たわる俺を覗き込む、天音と弥生ちゃん。
天音も弥生ちゃんも、顔を涙でくちゃくちゃにしながら呼びかけてくれている。
ああ、俺はまだまだやらなきゃいけない事があるんだ、
そうだよね、お母さん、みんなの笑顔の為にも。
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