独白

俺はお団子取りの長い回想から、現実に戻れなくなってしまったのかと

自分で自分が心配になった、

不安になる位、記憶の澱に閉じ込められていたみたいだ……


はっ、と我に帰ると、医務室に立ち尽くす自分に気がついた、

柚希は変わらず真剣な表情で俺を見つめている。


「柚希、嘘をついていた事を謝るよ…… 

再会したあの夜、嬉しそうなお前に悪い気がして思い出した振りをしていたんだ、

俺はあのお団子取りの夜以降、はっきりとした記憶が何故か無いんだ、

出来れば聞かせて欲しい、あの夜の後、お前に何が起こったのか?」


自転車が壊れて困っていた柚希を助けて、再会したお泊りの夜の事だ。

「分かっていたよ…… 宣人お兄ちゃんが私を思い出していない事」

柚希は、俺の言葉を待っていたかのように、語り始めた……


「自分でも子供の頃の記憶は曖昧なの……

覚えている事は、お父さんとお母さんが私の奇異な行動が原因で、

子育ての意見の相違で仲が悪くなり、離婚したの、

大好きな家族が離ればなれになったって事、すっごく悲しかった……

宣人お兄ちゃんと出会ったのは、お母さんと家族、二人っきりになって

引っ越して来た後だったんだ」


柚希が自分の精一杯の気持ちを絞り出す、その健気な姿に打たれて

俺は何も言えなくなってしまった……


「でもね、不幸中の幸いってあるんだね、お兄ちゃんと出会えたのは

引っ越してきたお陰かな、えへへ……」

泣き笑いのの様な表情になる柚希を、思わず俺は抱きしめたくなった、

だけど彼女の経験して来た重い十字架の様な出来事を考えると、

俺は安易な行動が出来なかった……


「あのお団子取りの夜も、良く覚えているよ、宣人お兄ちゃんが

来てくれて本当に嬉しかったんだ、あの結婚の約束も……」


柚希が一瞬、幸せそうな笑顔を浮かべた後、ゆっくりと本題に入る、


「小っちゃい頃から、自分の中に不思議な事が起きるの、

両親や、おばあちゃんから女の子らしく、お淑やかにと言われ続けて、

その言いつけを守ってきたつもりだけど、

それを壊したくなるもう一人の自分が心の中にいるの……」


「苦しかった、本当に、その状態が極限になると

男の子の柚希が出てくるみたいなの……」


それがXジェンダーの特性なのか、

自分でコントロールは出来ないのだろうか?


俺の疑問に気が付いたように、柚希が話を続ける、


「あのお団子取りの時は、自分の性別が変わるのをコントロール出来なかった、

でも、医療機関で継続して診断を受けてから、変わったんだ……」


診断と言うのは、親父の大学の紹介で、受診し始めた医療機関の事だ、

柚希が転校後の事は知らなかった。


「今では性別が反転しても、自覚しながらコントロール出来る様になったんだ」


良かった、お団子取りの夜、暴走したみたいな事は今は起きないって事だ。


「でも、あの夜、猫を虐めた不良クループをやっつけた柚希は

怪力の持ち主に見えたけど、身体能力も入れ替わるの?」


柚希は一瞬、キョトンとした後、思わず笑い転げた、


「お兄ちゃん、あれは合気道で、私のお祖母ちゃんがその道の師範なの、

護身術で、自分より身体の大きな相手にも負けないんだよ!」


そうか、それで納得が出来た、狐憑きならぬ、狼憑きに見える位、

怪力に見えたのはそう言う理由だったんだ。


「今の柚希はどっちなの?」

念の為、聞いてみる


「今は女の子の柚希だよ!」


そこで最初の疑問が蘇る、どうしてこの施設の医務室にいたんだろう、


「何で、柚希はこの場所にいるんだ?」


「内緒って言ったでしょ、お兄ちゃん、後でのお楽しみだよ!」

妙に含みを持たせた言い回しが気になった、


「今晩、夕食の後、ある人のサプライズがあるから楽しみにしておいて」


そう言いながら、彼女は部屋を出て行った……

ある人のサプライズ、一体何が用意されているんだろう?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る